40.光の幸せ

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 光はそのままバスルームへと向かった。  恐らく、そこでも泣いたのだろう。泣き腫らして真っ赤な目がそう気づかせた。 「シャンプー変えたんだな」  こちらを見る事もなく、答える事もなく前を通る。  通り過ぎる瞬間に光の腕を掴んだ。何度もこうやって俺の目の前を過ぎようとする光を止めた。ただ……俺の方を見て欲しくて。 「離して」 「何で変えたの? 」  光は美容院で、新しいシャンプーを買ったばかりだった。 「嫌いなのよ、あの匂い。好きならあなたが使ったら? あげるわ」  光の髪に触れようと伸ばした俺の手を避けるように 「今日は、土曜日じゃないわよ」  そう言って、部屋に入って行った。  ……この香り……  光から伊東の香りが消え、残ったのはいつか出会った4年前と同じ永遠(エタニティ)の香りだった。  あの頃の気持ちが甦り、今の俺とシンクロする。何で、こんな事に。あの頃の俺が、泣いてる。光が好きなのは俺だと思っていた。例え、今の俺じゃなくても……喫茶店で会うだけの“俺”だと思っていた。  光から、伊東の香りが消えても、空間には少し香りが残る。光の着ていた服にはもっと残っているかもしれない。 “年下の男” “真っ直ぐな気持ち”  何も俺だけではない。なのに、なぜ俺だと思ったのだろうか。
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