40.光の幸せ

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 春香の待つマンションへと向かう。何時ものように、固めた髪を洗面台で洗い流す。 「悪い」  そう言って、春香からタオルを受け取った。 「今週の金曜日。光と伊勢へ一泊旅行へ行くことにしたから」  タオルで髪を拭きながら、春香の前に座る。 「思い出の場所……でしょ? 」 「ああ、そうだ」 「私と行くことにするからさ、翌日の土曜日柊晴くんと交代しよう」  よくもまぁ、こうも次から次へと思い付くもんだ……。春香はお手製のしおりを俺に見せた。 「旅館、予約する。逆にこれくらい近々(きんきん)だと空いてるんだよな」  いつか、光と泊まった旅館。光は覚えてなかったけれど。春香のマンションを出る時 「あ!待って、スマホ忘れてるよ! 」  そう言って、呼び止められた。 「悪い」 「ほんと、この前は洗面所に時計忘れてたし。気をつけてよー」 「あー、ほんとだな」  少しの沈黙の後で春香が言った。 「ねぇ……いつまで続けるの? 」 「春香には、迷惑かけないようにする」 「……可哀想だよ、光」  ……そうだな。 「分かってる。あと……もう少しだけ」  もう、終わりにする。 「まずいんじゃない? これ……」  そう言うと、春香が髪を撫でる。 「光が知ったら、どうなるんだろうな」  俺から去って行くのだろうか。どのみち、去ろうとしているのは……変わらない。 「……柊晴くん……」  春香が困ったように笑う。 「春香には、迷惑はかけない」  もう一度春香にそう言うと、中に入り、春香が“まずい”と言った部分の髪を確認し、整えた。 「春香、色々ありがとう。その伊勢旅行で打ち明けようかと思う。もう、水曜日は終わらせる」  春香が、優しく頷いた。 「迷惑だなんて、思ってないからね」  そう言ってくれた。
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