40.光の幸せ

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 家へ帰ると、光はまだ帰っていなかった。京也と話しているのだろうか。  先にバスルームへと行った。春香の施した肌は軽く落としたけれど、念には念を。そう思って顔を洗った。風呂から出るとリビングに光の姿があった。 「帰ってたのか」  俺がそう言うと 「……ただいま」  そう言って、光が微笑む。こんな挨拶すら、久しぶりで、返ってくると思わなかった。 「お帰り」  俺も笑ってそう言った。お互いの家が同じであると、“ただいま”その言葉は特別な事のように感じた。 「土曜日以外は、何をしているの? 」  いつかと同じようにそう聞いてくる。 「仕事、ばっかりだよ」  バスタオルで髪を拭きながら、そう答えた。  光がまた微笑んだ。 「ね、一緒に食べない? 」  そう言ってコンビニスイーツの入った袋を見せた。 「ああ」 「お茶でも、入れるわね」  コンビニの袋には 「何だ、まるで春香ちゃんみたいな好みだな」 「……ええ。よく知ってるのね」  光の言葉にハッとした。そうだ、あまり親しくないんだったな。これも、今度説明しよう。 「今日は、どこか行ってたのか? 」 「仕事、ばっかりだよ」  お互い、ついさっきも同じ場所にいたというのに。だけど、久しぶりに一緒に、過ごす、現実の水曜日の夜だった。 「赤福、買ってきてくれよ」 「ええ、分かった」  また……こうやって、喫茶店から出ても、水曜日の夜を一緒に過ごしたい。 水曜日だけでなく……毎日。  ────  翌日、家を出る俺を光が玄関まで見送ってくれる。 光がそうしてくれたのは、なぜだか分からない。だけど、新婚当初に戻ったみたいで嬉しかった。 「行ってきます」俺がそう言うと 「行ってらっしゃい。気をつけて」  光も、微笑んでそう言った。  昨日も、今日も……夫婦であれば、毎日交わされる当たり前の挨拶が、嬉しかった。  廊下に出で数歩……何だかもう会えない気がしてもう一度ドアを開けた。光はまだ、そこにいた。  気づけば、強く強く抱き締めていた。離れがたいキスをする。自分の行動が光との約束を破っていると分かってる。だけど、止められなかった。その日は木曜日だった。  ようやく唇を離すと 「行ってくる」そう言って外へと進む。  泣きたいほどの衝動。やりきれない思い。光の様子もおかしい。  嫌な予感から来る不安。もしかしたら……駄目かもしれない。なんて、その考えを頭を振って……飛ばした。
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