聖樹の香り

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聖樹の香り

 懐かしい。聖樹の匂いがする。  あの世界では日常だった。すべてを見守るあの樹をみんな信仰していた。  俺は懐かしく前世の故郷に想いを馳せる。  だが、その匂いが何故、この娘から? 「私は聖樹に宿っていた祖霊の一人。  あの大戦で吹き飛ばされた樹の一部。  時空の渦によりこちらの世界に流され、人の身に転生し16年。ようやく同郷の者に出会えたのだ。わが子孫よ」  16年……つまりは今、高校生というわけか。 「俺は三十路のおっさんなんで、ちょっと離れて下さいますかご先祖さま」  こちらの世界では、若い婦女子を狙う不埒者が多すぎるのだ。  おっさんが若い娘の匂いなど嗅いでたりしたら、命に関わるのだ。社会的に。 「なんだ貴様、日和(ひよ)りおって。良いではないか良いではないか」 「ちょ、お戯れを。どうかお許しを!」  感傷にひたる間も、詳しい経緯を訊く間もなく、俺は脱兎の如く逃げ出した。 「貴様の顔は覚えたからな! 次に会ったら覚悟しておけ!」  台詞が全部、小悪党ですご先祖さま。
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