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徒党
レイナをまた信じると決めた。
だが、残念ながら、今俺のそばにはヒトミという存在がある。
どこかでけじめをつけなければならないか。
しかし、一時でも俺の心の拠り所になってくれたヒトミを…初めて、俺のことを優しいと言ってくれたヒトミを…そう簡単に、捨てるようなことはできなかった。
ヒトミがいたから、俺はまた人を信じることが出来た。
ヒトミがいたから、また今レイナを信じられるのかもしれない。
どうするべきか。
悩んではいたが、またヒトミに遊びに誘われて、断ることが出来なかった。
俺は、どっちと進みたい?
レイナとは…やっぱり、不甲斐なく終わってた以上、また戻りたいという欲は強い。一度過ちを犯して、俺を捨てたということはあるが、そのたった一度の過ちを、いつまでも引きずり、責めるつもりは全くない。
ヒトミとは…初めはまともに関わらないと決めたが…やはりそれは無理だった。
一度信じたら、やはり入れ込んだ。
でもそれは…レイナが戻って来ないことが前提の話。
多分、心の中でレイナを優先させる理由は…それだ。
ヒトミのことは、意識せずとも、「つなぎ」としか思っていなかったのかもしれない。
レイナが俺のところへ戻って来た今…ヒトミは…。
苦しかった。
あんなに良い子で、趣味の合う彼女を、見捨てることは心が痛んだ。
…でも、選ぶのは俺だ…。
…言おう。
今度遊びに行く時に、しっかりと伝えよう。
…これで最後にしようと。
学年が上がり、また暑くなり始めた5月。
梅雨前にバイクで遠くに行きたい、と言うヒトミは、俺があんなことを考えているのを知ってか知らずか、いつもと変わらぬ立ち振る舞いだった。
ゴールデンウィークを利用し、俺は彼女と泊まりで旅行へ行った。
俺にとって、卒業旅行だ。
彼女と知り合って、まだ一年も経っていないんだな。
もっと長く、遊んでいる関係だった気がした。
どこかで、俺はヒトミとの記憶を、レイナとの記憶と混同させている気がした。
そうか…まだ短い付き合いだったな…。
だったら、長くダラダラと続けたって…彼女も苦しいだけだ。
…明日、切り出そう。
これ以上発展する前に…。
「バイクと今日撮った写真、さっきインスタにあげたら、いいねがいっぱいついたよ」
「被写体が良いんだろう、多分」
多分、俺が言いながら裏で考えてるそんなこと、微塵も、この子は思ってないんだろうな。
風のように夜が過ぎ去り、翌朝はまた晴れた良い天気だった。
…切り出せないっ…。
いつにも増して、ヒトミは魅力的に見えた。
女の勘なのだろうか。
捨てられそうなことを、薄々感づいていたのだろうか。
海が見える展望台にバイクを停め、夕焼けに照らされ、潮風で髪をなびかせるヒトミを眺めていた。
「…ねぇ、智樹」
「…どうした?」
「私たちって、どういう関係だと思う?」
しばらく悩んで、俺は…
「趣味が合う、友達」
そう答えていた。
「…恋人って、言ってくれないんだね」
「…」
やはり、多分、気付いていた。
「…もし、智樹に今、好きな人がいるとしたら…」
「いるとしたら?」
「その人は、私よりあなたを幸せに出来る人?」
「…」
俺はレイナに…何度も悲しまさせられた。
ヒトミといるこの時間は…つなぎとはいえ、幸せだった。
レイナといて幸せなこと…。
自己満足?
美しいレイナと…いや、ヒトミの美しさだって負けてない。
ただ、長きにわたり付き合っていた彼女と、最後には戻りたいという、俺の半ば自慰のような、幼い欲望。
もう、なにもかも、分からなくなった。
そして、その頃には、先程までの覚悟は、消え失せていた。
ヒトミを家に送ると、珍しく母親が表に出ていた。
こちらへ向かって歩いてくる。
「あなたが、葉山君?」
「…は、はい。お世話になってます」
「…いつも仲良くしてくれてありがとうね。でも、この子にバイクは乗らせたくないの」
「…はい」
「お母さんやめて!引っ込んでてよ!」
「ヒトミうるさい。気持ちは嬉しいけど…もう、会わないで欲しい」
「…なんでですか」
「頭おかしいんじゃないの!?私の自由なんだから、そんなこと言うのやめて!!」
「よりにもよって、そんな不良じみたバイクで…うちの子の印象が悪くなるのよ。あなたが好きで乗る分には勝手にすればいいけど、うちの子は巻き込まないで」
「いい加減にして!!!」
なんだか、ここまで頭に来たのも初めてな気がした。
とにかく、黙らせたかった。
ヒトミも、ヒトミの母親も、うるさかった。
「帰ります」
「ごめんね智樹!またあとで連絡するから!」
仮に、ヒトミと付き合うとする。
大学を出る。
多分、結婚する。
するとどうだ。
あの母親と、関わらなければならない。
バイクに乗ることは許されない。
俺はどう言う心をしてるのか、自分でも分からなくなったが、夕方に上がったヒトミへの熱が、一気に下がった気がした。
今日の夜は、地元の金本峠の麓のコンビニでバイク仲間とまた集まる予定だ。
忘れよう。
ヒトミも…
レイナも。
「楽しかったかぁ、智樹」
「最後以外は。母親出てきてお叱り食らっちまったよ。もう会うなって」
「それだけで、もう諦めちゃうんですか、智樹さん」
1つ年下で、最近つるむようになった、スズキのサベージに乗る渡辺 裕也が言った。
「彼女の母親は、バイクをよく思ってない。仮に彼女と発展して、結婚したとするだろう。そしたら、バイクなんか乗させてもらえなくなるさ。」
「彼女より、バイクを取ったんだろ」
「そういうこと言うな」
茶化すマコトに言い返した時、スマホの通知音が響いた。
「あれ、なんか来たぞ」
「多分ヒトミだ。あとで連絡するって言ってたから」
いやいやスマホを開いた。
『助けて!!金本峠!!!』
レイナだった。
「助けて…?おい、マジか、お前ら!!」
智樹は声を上げ、集まっていた総勢10人で各々バイクにまたがり、スロットル全開で頂上へと向かった。
ヘルメットにつけたインカムでやり取りをする。
『俺らはどうすればいい!?』
『金本峠を登りきると、ダム湖の周回道路になるだろ。あそこの第3駐車場の奥まで追えることが出来れば、その先の道路が10時ぴったりに閉められるから、そこで!!』
この金本峠を越え、金本湖の周回道路に出たところが第1駐車場。
ダムのど真ん中には、橋が横切っている。
その橋を渡り、一本道を進んでいくと、第2駐車場と第3駐車場が隣接している。
その第3駐車場を越えてずっと走っていると、先ほど渡った橋に戻ることが出来る。
信号も少なく、夜は交通量がめっぽう少なくなる。
周回ができることから、暴走族や走り屋の格好の餌食となり、死亡事故や騒音の通報が増発した。
そのことから、1、2年前に、夜10時に、第3駐車場の奥で周回路を閉鎖することが決定した。
まだ最近のことで、地元の人々もあまり利用しない道だったから、このことを知っている者はまだ少なく、夜な夜な走り込んでいる彼らくらいしか知らないことだった。
『橋を渡らせることが出来れば、逃げ道がなくなる!橋を渡らずまっすぐ行かれたら、他の道に出れるから、周回路を抜けられて押さえられなくなる!ユウヤ!何人か連れて、橋のT字路で待ち伏せしてくれ!失敗が怖いから、そこで捕まえようとはしなくていい。誘導だけ頼む!』
『わかりました!!』
レイナは、大山に拉致られ、車に乗せられていた。
彼は偶然も偶然、金本峠へと向かったのだった。
目的は…強姦。
表でやれば異変に気付いた人から通報されかねない。
金本湖の駐車場は、夜になると人はほとんどいなくなるから、そう言った目的にはもってこいだったのだ。
…しかし、大山は知らなかった。
ここ数年で出来た、第3駐車場の門を。
そしてここが、智樹たちの地元だということも。
しかし、彼らは知っていた。
地元の智樹たちは知っていた。
金本峠は、俺がバイクを買って初めて走った道だ。
家から10分とかからないから、ほぼ毎週末、走っていた。
ここを選んだことを後悔させてやる…。
裕也は他に3名を引き連れ、裏道を駆使して橋へと先回りをした。
橋を渡らず、まっすぐ行く道をバイクで封鎖した。
「あとは、智樹さんたちが…」
レイナから送られてきた情報で、風雅が乗った車は、白の大きなファミリーカーだと分かった。
とにかくかっ飛ばした。
峠が本格的になり、カーブが急になってくると、チラチラと赤いテールランプが見え隠れし始めた。
白のファミリーカー。
間違いない。
俺が真後ろにつけた時…。
風雅は一気にアクセルを踏み込み、加速した。
「逃げる!!追うぞ!!」
「わぁってるよ!」
焦って止めてはならない。
下手に止めようと前に出て、バイクに突っ込んで来ることだってあり得る。
とにかく、橋を渡らせるまで…。
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