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悪戯
結局クリスマスは、ありきたりだがイルミネーションを見に行った。
地元じゃ知り合いと会うことだってあり得る。
少し離れた所にある、海をバックに輝くイルミネーション。
少し浮世離れした場所で、友達から少し発展したようにも思えるヒトミと、少し手を繋いで少し歩いた。
「…ずっと気になってたんだけどさ」
「…なに?」
「俺とこんなに何回も遊んで、楽しいか?」
きっと楽しいと答えるさ。
レイナもそうだった。
だが、心の中で、彼女が思っていた真意は分からなかった。
楽しい、の裏に、ヒトミは何を思う?
俺をどう思っているんだ?
「…楽しいよ。智樹の後ろで、まだ味わったことないバイクに乗るって感覚。夢だったんだよ。バイクに乗るの。だから感謝してる」
「感謝…?」
「楽しい、のは、遊ぶのだけじゃないかな。私の夢を叶えてくれた、優しい智樹と一緒にいるのが楽しい」
「…優しい…」
『黙ってると特に怖ぇよなぁ智樹』
『ヤクザ来たヤクザ!』
『明日まで!明日まで返済待ってください!!』
『初めて会った時、ちょっと怖かったかな…』
『レイナと合ってないだろ智樹ィ。あんないわゆるマドンナ的な女と、ヤンキーみたいなお前が』
いつもそうだった。
冗談も、本気で言われたのも含めて、いつも怖い怖いと言われ続けてきた。
俺自身は、人に親切にしてきたつもりだった。
いざ親切にしようものなら、「どうしたの?」と笑われる始末。
優しいなんて…一度も言われたことがなかった。
「優しいなんて、初めて言われた」
「そうなの?なんでよ」
「いつも、怖いとしか言われて来なかった。優しいなんて、一回も…」
「智樹は…優しいよ。私の夢を叶えてくれた。あの時、バイクに乗るか?って誘ってくれたの、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ」
彼女を、信じていいんじゃないかと思った。
好きだ。
多分、彼女のことが好きになれた。
俺は多分、変わっていない。
俺は変わらなかった。
でもその俺に、俺が本来なりたい姿を見つけてくれた。
「なんか、そう言ってもらえるなら…良かった」
「智樹は?私といて楽しい?」
「…あぁ。ヒトミは…趣味も合うし、美人だし。一緒にいて、誇らしいっていうか、自分のレベルを上げられている気がする」
「もぉ。恥ずかしいじゃん。やめてよ」
…やめてよ…
…やめて…
嫌だ…!!
助けて!!!!
「痛いよ!!もうやめて!!」
「なんだよ…俺の彼女なら俺の好きにさせろよオラぁ!」
「嫌だ!!やめてよ!!」
この男の噂を、聞かなかったわけではない。
でもそんなそぶりを見せなかった。
きっとデマだと信じてた。
だから、風雅を信じた…。
でも、裏切られた…。
「嫌!!助けて!!」
「なぁそんなこと言ってお前も楽しんでんじゃねぇのか?」
クリスマスイブ。
イルミネーションを食べて、ディナーを食べて…
お洒落なイブだと思いながら、彼の隣で過ごした。
でもそのあと、ホテルに連れ込まれ…乱暴されている。
裏切られた。
信じていたのに…。
「…ははっ。いいねぇ。今までのどの女より良い声で泣きやがる」
裏切られた…?
誰が彼は普通の人だと証明してくれただろう。
信じたのは、私だ。
私が勝手に信じただけだった。
なぜか、智樹の顔が浮かんだ。
きっと智樹は…私のことを信じていた。
でも…色々な噂がある彼を、私は…そういえば私は、彼をルックスで…最後は、そう。
最後は、私は私の価値を上げるために、ルックスで風雅を選んだ。
そのために、私を信じてくれた、智樹を捨てた。
…私は本当に…大馬鹿者だ。
どうして、今になって、智樹とのミスマッチを気にしたのだろう。
大学に入って、成績、見た目、なぜかそう言った面を全てよく評価された。
嫌な気はしなかった。
色々な人に褒められると…次第に、強面の智樹と一緒にいるのが…ミスマッチとまたからかわれるのが恥ずかしく感じてしまった。
だからバイトで元々仲の良かった風雅を選んだ。
風雅には、地元で色々な噂があったが、大学の人たちはそんなことは知らない。関係ない。それに、彼は私の前では、優しかった。
智樹の見た目に反する優しさは…長い間一緒にいたから知っていた。
でも、それを口に出したことは、そういえばなかった。
分かってはいたのに…最後は自分のために、最低な選択をしてしまっていた。
なぜ、私は誤った選択をしたの?
きっと、浮かれていた。
周りに極端によく評価されるようになってから、自分は完璧じゃないといけないと思うようになった。
完璧どころの話じゃない。
全て見誤っていた。
風雅の下心満載の偽りの優しさに気づかなかった。
これは、私への罰だ。
智樹を苦しめた罰だ。
この苦痛を。
この屈辱を耐えなければならない。
ごめんね、智樹。
助けて。
心の中で謝りながら、私は痛みと羞恥心を押し殺し、耐え続けた。
こんな時に、あんなことをしてしまったと言うのに、私が最後に助けを求めるのは、待っていたのは、智樹だった。
「楽しかった。また遊ぼうね」
「うん。ありがとうな。また」
俺はスティードにまたがり、何かを忘れたような気になりながら、家路に着いた。
「ただいまお母さん」
「…おかえりなさい。どこに行ってたの?」
「海沿いのイルミ見に行ったんだ」
「…最近よく遊んでる男の子、バイク乗ってるみたいだけど」
「うん、だから何?」
「乗せてもらってるんでしょう?」
「後ろだけだよ」
「だとしても…お母さんは怖いよ。どこの誰だか分からない人の後ろに乗って、色んなところ走り回ってるなんて…」
「心配しすぎなんだよ。それに、智樹のことそういう風に言うのやめてもらえる?」
「…ヒトミの思う所は分かるけど、お父さんのことを考えたら、私はもうこれ以上あの子と遊んで欲しくない」
「ふざけないで!お母さんに人生決められたくないから!!」
私は乱暴に階段を登った。
智樹がくれた、少し良いハンドクリームの封を開け、落ち着いた。
例えばこの先、智樹と付き合うと言うことになるのかな。
そういえば、いつだか遊びに行った時、彼女がいるか聞いた時はいないと言っていた。
…でも、多分だけど、私以外に気になっている女の子か、何かしら深い関係を持つ女の子が別でいる。
私とどこかへ行く時の、彼のなんとも言えない目。
楽しさの奥にある、私は智樹の心の中の何かを見た。
彼はきっと、何かを待っている。
いや、「誰か」を待っている。
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