徒党

1/1
前へ
/6ページ
次へ

徒党

レイナをまた信じると決めた。 だが、残念ながら、今俺のそばにはヒトミという存在がある。 どこかでけじめをつけなければならないか。 しかし、一時でも俺の心の拠り所になってくれたヒトミを…初めて、俺のことを優しいと言ってくれたヒトミを…そう簡単に、捨てるようなことはできなかった。 ヒトミがいたから、俺はまた人を信じることが出来た。 ヒトミがいたから、また今レイナを信じられるのかもしれない。 どうするべきか。 悩んではいたが、またヒトミに遊びに誘われて、断ることが出来なかった。 俺は、どっちと進みたい? レイナとは…やっぱり、不甲斐なく終わってた以上、また戻りたいという欲は強い。一度過ちを犯して、俺を捨てたということはあるが、そのたった一度の過ちを、いつまでも引きずり、責めるつもりは全くない。 ヒトミとは…初めはまともに関わらないと決めたが…やはりそれは無理だった。 一度信じたら、やはり入れ込んだ。 でもそれは…レイナが戻って来ないことが前提の話。 多分、心の中でレイナを優先させる理由は…それだ。 ヒトミのことは、意識せずとも、「つなぎ」としか思っていなかったのかもしれない。 レイナが俺のところへ戻って来た今…ヒトミは…。 苦しかった。 あんなに良い子で、趣味の合う彼女を、見捨てることは心が痛んだ。 …でも、選ぶのは俺だ…。 …言おう。 今度遊びに行く時に、しっかりと伝えよう。 …これで最後にしようと。 学年が上がり、また暑くなり始めた5月。 梅雨前にバイクで遠くに行きたい、と言うヒトミは、俺があんなことを考えているのを知ってか知らずか、いつもと変わらぬ立ち振る舞いだった。 ゴールデンウィークを利用し、俺は彼女と泊まりで旅行へ行った。 俺にとって、卒業旅行だ。 彼女と知り合って、まだ一年も経っていないんだな。 もっと長く、遊んでいる関係だった気がした。 どこかで、俺はヒトミとの記憶を、レイナとの記憶と混同させている気がした。 そうか…まだ短い付き合いだったな…。 だったら、長くダラダラと続けたって…彼女も苦しいだけだ。 …明日、切り出そう。 これ以上発展する前に…。 「バイクと今日撮った写真、さっきインスタにあげたら、いいねがいっぱいついたよ」 「被写体が良いんだろう、多分」 多分、俺が言いながら裏で考えてるそんなこと、微塵も、この子は思ってないんだろうな。 風のように夜が過ぎ去り、翌朝はまた晴れた良い天気だった。 …切り出せないっ…。 いつにも増して、ヒトミは魅力的に見えた。 女の勘なのだろうか。 捨てられそうなことを、薄々感づいていたのだろうか。 海が見える展望台にバイクを停め、夕焼けに照らされ、潮風で髪をなびかせるヒトミを眺めていた。 「…ねぇ、智樹」 「…どうした?」 「私たちって、どういう関係だと思う?」 しばらく悩んで、俺は… 「趣味が合う、友達」 そう答えていた。 「…恋人って、言ってくれないんだね」 「…」 やはり、多分、気付いていた。 「…もし、智樹に今、好きな人がいるとしたら…」 「いるとしたら?」 「その人は、私よりあなたを幸せに出来る人?」 「…」 俺はレイナに…何度も悲しまさせられた。 ヒトミといるこの時間は…つなぎとはいえ、幸せだった。 レイナといて幸せなこと…。 自己満足? 美しいレイナと…いや、ヒトミの美しさだって負けてない。 ただ、長きにわたり付き合っていた彼女と、最後には戻りたいという、俺の半ば自慰のような、幼い欲望。 もう、なにもかも、分からなくなった。 そして、その頃には、先程までの覚悟は、消え失せていた。 ヒトミを家に送ると、珍しく母親が表に出ていた。 こちらへ向かって歩いてくる。 「あなたが、葉山君?」 「…は、はい。お世話になってます」 「…いつも仲良くしてくれてありがとうね。でも、この子にバイクは乗らせたくないの」 「…はい」 「お母さんやめて!引っ込んでてよ!」 「ヒトミうるさい。気持ちは嬉しいけど…もう、会わないで欲しい」 「…なんでですか」 「頭おかしいんじゃないの!?私の自由なんだから、そんなこと言うのやめて!!」 「よりにもよって、そんな不良じみたバイクで…うちの子の印象が悪くなるのよ。あなたが好きで乗る分には勝手にすればいいけど、うちの子は巻き込まないで」 「いい加減にして!!!」 なんだか、ここまで頭に来たのも初めてな気がした。 とにかく、黙らせたかった。 ヒトミも、ヒトミの母親も、うるさかった。 「帰ります」 「ごめんね智樹!またあとで連絡するから!」 仮に、ヒトミと付き合うとする。 大学を出る。 多分、結婚する。 するとどうだ。 あの母親と、関わらなければならない。 バイクに乗ることは許されない。 俺はどう言う心をしてるのか、自分でも分からなくなったが、夕方に上がったヒトミへの熱が、一気に下がった気がした。 今日の夜は、地元の金本峠の麓のコンビニでバイク仲間とまた集まる予定だ。 忘れよう。 ヒトミも… レイナも。 「楽しかったかぁ、智樹」 「最後以外は。母親出てきてお叱り食らっちまったよ。もう会うなって」 「それだけで、もう諦めちゃうんですか、智樹さん」 1つ年下で、最近つるむようになった、スズキのサベージに乗る渡辺 裕也(わたなべ ゆうや)が言った。 「彼女の母親は、バイクをよく思ってない。仮に彼女と発展して、結婚したとするだろう。そしたら、バイクなんか乗させてもらえなくなるさ。」 「彼女より、バイクを取ったんだろ」 「そういうこと言うな」 茶化すマコトに言い返した時、スマホの通知音が響いた。 「あれ、なんか来たぞ」 「多分ヒトミだ。あとで連絡するって言ってたから」 いやいやスマホを開いた。 『助けて!!金本峠!!!』 レイナだった。 「助けて…?おい、マジか、お前ら!!」 智樹は声を上げ、集まっていた総勢10人で各々バイクにまたがり、スロットル全開で頂上へと向かった。 ヘルメットにつけたインカムでやり取りをする。 『俺らはどうすればいい!?』 『金本峠を登りきると、ダム湖の周回道路になるだろ。あそこの第3駐車場の奥まで追えることが出来れば、その先の道路が10時ぴったりに閉められるから、そこで!!』 この金本峠を越え、金本湖の周回道路に出たところが第1駐車場。 ダムのど真ん中には、橋が横切っている。 その橋を渡り、一本道を進んでいくと、第2駐車場と第3駐車場が隣接している。 その第3駐車場を越えてずっと走っていると、先ほど渡った橋に戻ることが出来る。 信号も少なく、夜は交通量がめっぽう少なくなる。 周回ができることから、暴走族や走り屋の格好の餌食となり、死亡事故や騒音の通報が増発した。 そのことから、1、2年前に、夜10時に、第3駐車場の奥で周回路を閉鎖することが決定した。 まだ最近のことで、地元の人々もあまり利用しない道だったから、このことを知っている者はまだ少なく、夜な夜な走り込んでいる彼らくらいしか知らないことだった。 『橋を渡らせることが出来れば、逃げ道がなくなる!橋を渡らずまっすぐ行かれたら、他の道に出れるから、周回路を抜けられて押さえられなくなる!ユウヤ!何人か連れて、橋のT字路で待ち伏せしてくれ!失敗が怖いから、そこで捕まえようとはしなくていい。誘導だけ頼む!』 『わかりました!!』 レイナは、大山に拉致られ、車に乗せられていた。 彼は偶然も偶然、金本峠へと向かったのだった。 目的は…強姦。 表でやれば異変に気付いた人から通報されかねない。 金本湖の駐車場は、夜になると人はほとんどいなくなるから、そう言った目的にはもってこいだったのだ。 …しかし、大山は知らなかった。 ここ数年で出来た、第3駐車場の門を。 そしてここが、智樹たちの地元だということも。 しかし、彼らは知っていた。 地元の智樹たちは知っていた。 金本峠は、俺がバイクを買って初めて走った道だ。 家から10分とかからないから、ほぼ毎週末、走っていた。 ここを選んだことを後悔させてやる…。 裕也は他に3名を引き連れ、裏道を駆使して橋へと先回りをした。 橋を渡らず、まっすぐ行く道をバイクで封鎖した。 「あとは、智樹さんたちが…」 レイナから送られてきた情報で、風雅が乗った車は、白の大きなファミリーカーだと分かった。 とにかくかっ飛ばした。 峠が本格的になり、カーブが急になってくると、チラチラと赤いテールランプが見え隠れし始めた。 白のファミリーカー。 間違いない。 俺が真後ろにつけた時…。 風雅は一気にアクセルを踏み込み、加速した。 「逃げる!!追うぞ!!」 「わぁってるよ!」 焦って止めてはならない。 下手に止めようと前に出て、バイクに突っ込んで来ることだってあり得る。 とにかく、橋を渡らせるまで…。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加