第一話 本編開始前のわんこ系騎士について

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第一話 本編開始前のわんこ系騎士について

「なんで俺が殿下と恋愛している小説が、全校生徒に配られているんだ!?」  私の机を大きな音を叩いて抗議の声をあげる攻略対象者の一人。そう、私は乙女ゲームの世界に転生したようです。自分の立ち位置は理解している・・・モブである。しかし、ヒロイン登場まで1か月ほどの猶予がある中、私は攻略対象者の一人であるわんこ系騎士に怒られているわけなのである。  子供の頃にすでに乙女ゲームの世界に転生したことに気づいた私・・・クリアール・シュトセイゼンであるが、身体が弱かった。なんとか体力を回復し、攻略対象者たちと同じ学園に来たのである。攻略対象者たちを見た瞬間に前世の腐女子が再度活動を始めた。しかし、ここは乙女ゲーム。BLがないだと!?なんたる地獄!せっかく元気に学園に来たというのにこの仕打ち・・・絶望した私だったが、BLがないなら作ればいいじゃない!ってことでBL小説を自分で作った。作ったからには、同士が欲しいというもの。図書委員という立場を利用して短期間に教師たちを攻め落とした。そして、アンケートという名目上で自作のBL小説(攻略対象者同士のあれやこれや・・・濡れ場はありません。)を全校生徒に配るという暴挙に出た。そして冒頭に戻る。 「え?」 大きな眼鏡が斜めになり、少し崩れている髪型を直すこともなく首をかしげる。 「多数の生徒からこの小説は、俺と殿下ではないかと苦情が出ている!」 怒りを露にして、わんこ系騎士が怒鳴っている。 「よくお読みになってください・・・。ここに、“登場人物は架空の存在である”と書いておりますわ。何かの間違いではないでしょうか?」 本の最初に書いている文字をしっかりと見せた。私は淡々と事前に考えていた言葉を流れるように答えた。それに、モデルは攻略対象者たちだが、名前は違う。 「しらばっくれるな!お前のせいであらぬ誤解をされたではないか!」 いやはや・・・わんこ系騎士が怒っているが、なんたること。そのまま、殿下のことを意識してBL展開に持っていきたいところね。 「では、幼少期におねしょで泣いたところを殿下に慰められたこと・・・女装させられて泣いているところを助けられたこと・・・まさかとは思いますが・・・そんな過去はお持ちではないですよね?」 ぶふっ。実はこれは本当に過去に語られる話にあったのだ。小説とは、事実を少し加えることでさらに真実味を出すのだ。それに、恐らくこのわんこ系騎士がこの話に頷くことはないはず。しかも、これは二人の秘密であるため誰も知りはしない。いやはや、わんこ系騎士の顔が羞恥に変わったようだ。見ていて飽きないよ、君。 「っ・・!なんだろうが、即刻取りやめろ!」 「なぜでしょうか?小説を好きに書いただけですわ。確かに同性との恋愛が不快に思う方もいるかもしれませんが、それは個人の自由。見たくなければ、読まなければいいのです。こちらの小説を必ず読むようにと言ったわけではありません。」  カチャリとずれた眼鏡を戻す。  というか、そもそも私の家のほうが高位の貴族なので、自己紹介もなく、わんこ系騎士が私に話しかけること自体がおかしい。でも、この抗議は想定範囲内だから許してやるさ。  こちらにいらっしゃるのは、攻略対象者の一人わんこ系騎士。ジロルド・グラーツ様である。わんこだし、ジローと呼ぶか? 「くっ!」  悔しそうに綺麗な顔を歪めてこちらを睨まれた。どうでもいいが、ここは放課後の教室である。君は目立ちたいのかな?こんなに叫んでみんな聞いているよ?と言いたい。  そして、去っていった。いや、こんなんで負けて帰るとか弱い・・・。  実は、連日も攻略対象者たちが説得に来たのは言うまでもない。もちろん殿下も。私の教室に来た時は死ぬかと思った。絶対零度の目を向けて、“ほどほどに”と言われてみろ。やばい、やばい・・・。でも、私は自分のしたいことをやめなかった。  全校生徒に配ったことで、女性たちの中に同士がちらほらと出てきた。図書室には、最新刊を常備し、借りる人物をしっかりと把握して管理もしている。影ながらであるが、たくさんの人の興味を惹かれ、攻略対象者たちも何も言えなくなってきた。  だが、一番諦めの悪いわんこ系騎士は、毎度、毎度、飽きもせず説得にくる。 「クリアール!いい加減にしろっ!?」 「わんこ・・・じゃなくて、どうされましたか?」  毎度のことのため、教室での言い争いが通常になってきた私の教室。もう誰も止めることはなくなった。そして、最近私の名前を覚えたらしいこのわんこ系騎士は勝手に呼び捨てにする始末。おい、誰が許可した!? 「また新しいのを書いたな!?」 「まぁ、嬉しいですわ。最新刊までお読みになってくださったの?」  もう毎度のことのため、私も普通にこのわんこ系騎士に対応するようになった。教室のみんなも通常運転で普通に会話しているほどである。みんな、順応力すごいな。 「そんなわけないだろうが!」  もうなんか涙目になりつつあるこのわんこ系騎士が面白い。それにしても毎度飽きもせずによく来るな~。 「なんで俺が毎度男に押し倒されねばならんのだ!?」  もうなんかツッコみどころがおかしい。笑っていい? 「なるほど!ジロルド様は、逆に押し倒したいと!素晴らしい!次はそちらの方向で作成いたします!」  斜め上にわざと方向転換したが、たぶん違うだろうな。でも、ふふっ。新しいアイデアありがとう。私の目が輝いた瞬間だ。 「そんなわけあるか!!やめろ!もうこんな小説を書くなと言っているんだ!」 「ですから、こちらの小説にジロルド様は出ていませんので!勝手に小説を捻じ曲げないでください。」 笑顔で毎度の訂正をする。あれ?そういえば、ジロルドが押し倒すっていったら教室の数人が嬉しそうにしていなかったか?逆カプ勢がいたとは・・・。よし、作成決定! そして、逆カプは人気だった。いつものよりも借りる人が多かった。あと、二度目の殿下ご訪問がありました。死にそうでした。“二度目は・・・ない”何それ!?私死ぬの!?やはり精神的に逆カプがダメとの指摘のようです。だよね、せめて攻めのほうであれば気が楽だよね。だからわんこ系騎士と、受けにされている攻略対象者のほうが抗議多いんだよね。  そして、やっとヒロイン登場まで一週間前。  わんこ系騎士が図書室まで追いかけてきた。珍しいこともあるものだ。大勢の前での抗議ばかりのため、少しびっくりした。 「もうお前のせいで!俺は男色だと思われているんだぞ!?友人といるだけで周りの目が生温かい!なんでだ!?お前、責任取って俺と結婚しろよ!」  本気の抗議に来たようだ。 「嫌ですよ。何、自暴自棄になっているのですか?あなた様ならお相手はたくさんいらっしゃるでしょうに。」 冷めた目をわんこ系騎士に向ける。 「殿下との間には入れないとすべての家からの縁談が消えたわっ!おかしいだろう!?両親も噂を聞きつけて、変な目で見るんだぞ!?他の連中だって同じはずなのに、なぜ俺だけ特に真実味があるんだ!?」 いや、それは知らない。わんこ系騎士だから?ちょっと同情するわ・・・。 「なぜでしょうかね?」 「くそっ!いや、もう決めた!責任取れ!」 「責任?」 「お前の復讐として!俺と結婚しろ!」 「いや、いや~。あなたまた後悔しますよ?」 あと少しでヒロイン来るし。わんこ系騎士が一目惚れするのは知っているよ?あ、そうだ!今度はそれに絡めた略奪愛を書こう! 「俺がこんなに迷惑被っているんだ!お前は責任を取る必要がある!」    ものすごい勢いで激昂していらっしゃる。そうだ、婚約破棄を前提として付き合うのも面白いかもしれない。それに一番被害があるのはこのわんこ系騎士なのは知っている。私が婚約破棄されたところで困る家系ではないし。 「分かりました!でも、きっとあなたは後悔するでしょう。運命の相手に・・・・いつか出会うと思いますよ?」  ニヤリと嗤いがこぼれる。 「そんなものは小説の中だけだっ!」  どうやら信じていない様子だ。 しかし、現実世界は残酷かな。両親の許可も出て、本当にわんこ系騎士との婚約が決まってしまった。そして、やっとヒロインの登場である。  校門では、婚約が決まったためさっそくわんこ系騎士が私の元に現れる。 「これで男色という噂がなくなるといいのだが・・・。」  心配そうに俯くわんこ系騎士は、なんとも可愛いことだ。しかし、これから苦労するのは必須なんだが・・・。  そして、本当にヒロインが現れた。  テンプレなヒロイン、ふわふわとパステルな桃色の髪を風にのせて、校門をくぐり抜けてきた。そんなヒロインに誰もが振り返る。もちろん、私の婚約者となったわんこ系騎士様も。隣にいたため、気づかれないように目を見ると、彼女を一目見た瞬間に目を見開いていた。そう、一目惚れだ。すごい、初めて人が一目惚れする瞬間に立ち会った!これは小説が捗る! 「ふふっ。綺麗。」 モブとして、ヒロインを遠巻きに見ていたが、どうやら順調に出会いイベントをこなしているようだ。その中にはわんこ系騎士もいるわけで。 とりあえず、婚約破棄書を用意した。 私って優しいな~。うん、うん。間違いなく一目惚れしたわんこ系騎士。順調に進むイベントたち、よし、新刊も出来たことだし動き出すか! 「クリアール!」  私の新刊が出たことで、ジロルド様は抗議をしにくる。珍しいのが図書室であることだが。まぁ、人がいないので大声でも許すか。 「ちょうど良かったですわ!」  タイミングばっちりと思い、笑顔で出迎える。 「な、なんだ・・?」  ちょっと私の迫力に負けているようだ。 「婚約破棄書を取り寄せましたの!ほらっ!ね、ね?好きな人できたでしょう~?ふふっ。」 「お・・俺は・・。」  何か言い淀んでいるようだ。ヒロイン可愛かったよね~。今後のゲームの選択肢を考えると、今が婚約破棄する絶好のチャンスである。今度開かれるパーティーで大きく動く予定だから。 「お前への・・・クリアールへの、せっ・・・責任問題を・・こんな・・・違う!俺は他の女に現を抜かすような人間ではない!婚約破棄なんて認めない!」 「あれ~?運命感じちゃったのでは~?」 「なんだ、それは!?誰がそんなことを!?俺は、そんな最低人間ではない!たっ、確かに・・・見目の良い女がいるが・・・俺は見た目で人を判断するような人間になるつもりはない!それに、クリアールが俺の婚約者だっ!結婚してからも浮気をするつもりもなければ、お前が浮気をすることも許さんからな!」 「え~?びっくり!あの子に一目惚れだと思ったのに!なんで?」 「違う!どんなに見目の良い女が現れようとも、俺が裏切るようなことはない!まだ、婚約者という立ち位置だが、結婚していないからと言って他の女に言い寄っていいことはない!」 「わぁ~。素敵ですね・・・。」 「ふんっ。当然のことだ!お前に俺の婚約者として責任を取ってもらうと決めたのだからな!お前がもう嫌がっても決定したことなのだから!」 「・・・。私、勘違いしていました。」 「ん?」 「そんなに私に嫌がらせしたいのですね!」  元気よく嫌味もなく声を出した。 「なっ!?たっ、確かに嫌がらせも含まれているが、お前がそんなことで嫌がるような人間ではないこと理解しているからな!?それさえも小説の内容になりそうだと理解している!それに・・・小説のことは恨んでいるが・・・。クリアールのことは・・・。」 「はい、はい。私、ジロルド様のこと誤解していました。一目惚れで速攻婚約破棄するだろうなって、ずっと思っていました!でも、そんな人ではないと知って・・・見直しました!あと、好感度上がりました!ジロルド様となら結婚もいいかもしれません!」 「ん?・・ん~?この言葉に俺は喜ぶべきなのか?怒っていいか?」  私の言葉を聞いたジロルドは、実にいろいろな表情をしていた。喜んでいるかと思えば、怒る一歩手前のような微妙な表情です。 「ジロルド様ってば~本当に可愛いですよね!」 「クリアールに言われると怒りたくなるな。小説の台詞を聞いているようだ。」 「まぁ!やはり読んでくださったのですね!?」 「違う!読んでなどいないぞ!?」  否定はしているが、おそらく読んだことがあるのだろう。というか、私の夫になる予定なら読んで、理解して、同士になってほしい。  それにしても、真面目・・・わんこ系騎士だったか。この旦那様がいれば小説に苦労することはないのかもしれない。それに、私がこの学園に来た意味があったのかもしれない。  本来、私はこの学園の生徒になる予定ではなかった。子供の頃から繰り上がりの学園に在籍していたため、そのまま行く予定であった。しかし、乙女ゲームの世界・・・それに・・・小説の他にも見つけたいものがあった。  乙女ゲームでは、一目惚れやその人の見た目で判断することが多い。だからこそ、人は見た目だけじゃないと誰か攻略対象者でもそれ以外でも、私の言葉を変えてくれる人がいてほしいという想いを込めてこの学園にやってきた。あの可愛いヒロインを好きにならなかった(いや、一目惚れはしていたと思う。)人こそが私の求める人ではないかと思った。まぁ、個人的なことである。  ヒロインが、攻略対象の誰を落とすか選択するパーティーの時期がすぐにやってきた。その選択によってルートが決まる。入場の際に一番にぶつかる人物をヒロインは落としにかかるのだ。  そんなドキドキイベント前に、自分の屋敷にて衣装を合わせている。 「お嬢様、今日はとびっきり可愛くしますからね~。」  屋敷のメイドたちが騒ぎだす。いつものことだ。 「本当に、お嬢様がこんな姿であの学園に行くと言った時はどうしようかと思いましたが、しっかりと婚約者様も見つけてくるのだもの!わたくしたちも嬉しいですわ!」  たぶん、この眼鏡と髪型のことだろう。いや、目が悪いのは本当なんだけどね。 「今日が婚約者様に初めてのお披露目ですのよね?」  眼鏡をしていない正装姿は学園の誰にも見せたことはない。 「磨き上げます!」 「あなたたち?私の顔、そんなにひどかった?」 さすがに傷つくな。  ここは乙女ゲームの世界。そう、私の顔だってそれなりの顔だった。でも、以前いた友達には顔のことでいろいろ言われてしまった。たぶん、嫉妬されたのだろう。“顔だけ女”と言われてショックだった。だからこそ、乙女ゲームの学園に入学して真実の愛とやらを探してみた。悲しいかな・・・あの見た目ではモテない。でも、私の婚約者様はそれでもしっかりと私のことを見てくれていたようだ。一目惚れに走らないあたり好感がもてる。推しではないし。正直、この乙女ゲームを好きだった記憶がない。苦手ジャンルだったのかも?なんせ、BL妄想が好きだから!でも、ジロルドを信じてみてもいいかもしれない。あれだけはっきりと言い合える相手に会えることは幸運だと思う。  いくらメイドに可愛い、可愛いと言われても、自分の婚約者様であるジロルドが気に入ってくれないと意味がないのである。もう彼をヒロインにあげるわけにはいかないし。だからジロルドを待っている間はなんだか緊張する。 「お嬢様、婚約者様がお迎えにいらっしゃいましたよ。」  さて、私の婚約者様は喜んでくれるだろうか?  屋敷の階段をゆっくりと降りる。なんせほとんど見えないからね。眼鏡~。  ジロルドは屋敷の執事と少し会話しているようで、降りてきてやっと私に気づいたようだ。 「え・・・?」 「お待たせいたしました、ジロルド様。」 「くっ・・・クリアール?」 どうやらドッキリ成功であるようだ。 「はい。」 声のするほうに少しずつ近づくが、なんだか離れて行ってないか?待て、待て、眼鏡なくて見えないから! 逃げられるので、わんこ系騎士の腕を掴んで見上げてみた。 「私、これくらい近くないと見えないの。」 「うっ。」 鼻が触れあいそうになるまで近づき、ジロルドの瞳が良くみえる。それに、顔も真っ赤に染まって、どう見ても受けだなと心の中だけで考えている。  そして、すぐに顔を離すとジロルドが少し残念そうな表情をしたような気がした。私が口付けでもすると思ったのだろうか?  それにしても、私の婚約者様は・・・一目惚れ属性のようだ。  いくら目が悪くても、馬車の中でじっとこちらを見ていることくらいはわかります。困った人である。そんな顔しているとまた・・・小説のネタにしますよ?  実は、婚約破棄書を用意した時考えていた。もし、婚約破棄をジロルドとしていたら、このパーティーでぎゃふんと言わせる気だったのだ。なんせ、一応乙女ゲームの世界といえど私の顔もそれなりなわけで・・・。婚約破棄しなくて良かったね、ジロルド?ふふっ。  パーティー入場の際、ヒロインとぶつかったのは私の婚約者様だった。ヒロイン・・・まじか。わんこ系騎士の略奪とかなかったよ?私のジロルドに対する好感度は上がったけど、今度は私がジロルドの好感度上げなきゃダメ?この見た目でどうにかならないかな。初めて自分の顔を武器にしようと考えはじめた瞬間だった。 そして、着飾った私に殿下や攻略対象者たちも固まっていたような気がするのだが・・・。今まで怒鳴り散らしていらっしゃったのが嘘のようだ。しかし、私の婚約者様は、やはりいつもと変わらずに言い争いばかり。それでも、楽しくなっている自分がいて・・・。 入場したら周りを警戒するジロルド。やはり顔なのか?私の顔も好みだった? 「クリアール、今日は俺から離れるなよ!?あと、小説の話題は禁止だ!」 「ええ~。」  そこは通常だった。 「お前は、俺の婚約者なんだからな!絶対に責任取れよ!?」 「は~い。」 「卒業したら即結婚だから!」 「はい。」 「くっ、小説のことは・・・少しくらいなら許可してやる・・。」 「本当に!?」 「なんでそこが一番嬉しそうなんだよ!?」 「えへへ~。」  だらしなく笑った私の顔を睨んでくるが、さすがわんこ系騎士・・・可愛いじゃないか! 「お手!」 「おい・・・俺は犬じゃないぞ・・・。って、わんこ系騎士が俺だと認めたのか!?」 「なんだ、ジロルド様やっぱり小説読んでいるね。」 「ちがっ!?」  わたわたと挙動不審な婚約者様を見るのは楽しいものだ。 END
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