11【先生でいっぱい】~宇野恵一~

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 翌日――。宇野は朝倉とともに、いつもより少し気怠い体で出勤した。ゆうべ、予想をはるかに超える、ディ―プ且つ、ハードなセックスをしたせいで、頭はまだぼんやりとしているし、体はすっかりくたびれている。しかし、心だけが異常なほど多幸感に満ちていた。 「ふわあ……、今日もあっちいなー」  隣で朝倉が眠そうにあくびをしている。無理もない。濃厚な行為のあと、汗と体液まみれになったふたりが、体をきれいにして眠ったのは、もう深夜だったのだから。 「哲也ぁ……、大丈夫……?」  朝倉のあくびがうつってしまって、宇野も大あくびをしながら訊ねる。すると、朝倉は嬉しそうに微笑み、「ありゃ。うつっちゃったねぇ」と言って、いつものように宇野の髪をくしゃくしゃと撫でた。 「ちょっ、もう……。せっかくセットしたのに……」  宇野は口をひん曲げて、乱れた髪を直す。慣れたやり取りのはずだが、不思議なことにどうも今朝は照れくさくて、くすぐったい。 「恵ちゃんこそ、体、大丈夫かぁ? ゆうべ、腰痛いって言ってたけど」 「あぁ……、うん。たぶん、大丈夫……」 「まぁ、とりあえず、今日と明日を乗り越えれば、あさっては休みだからな。頑張ろ」 「だねぇ……」  たったひと晩、同じベッドで過ごしただけなのに、いつの間にか敬語を使うのも抜けて、哲也、恵ちゃんと、親しげに名前を呼び合うのにもすっかり慣れてしまった。だが、やがて病院が見えてきて、宇野はかぶりを振る。  やばい……、ちゃんと頭、戻さなきゃ……。  仕事中はひとまず先生と宇野くんに戻らなければならない。今日は日曜なので、病院はそこそこ混み合って忙しくなるはずだ。恋人ができたばかりのぼんやり頭で、浮かれながら仕事をするわけにもいかない。だが――。 「なぁ、恵ちゃん」 「え?」 「あさってさ、デートしない?」 「え……っ」 「あれ、予定あり?」 「いや……、ないけど……」  宇野は顔を背け、ぼそぼそと答えた。今、せっかく恋人気分の頭を仕事モードに切り替えようとしたのに、朝倉は全く気にしていないようだ。 「おっし! じゃあ、決まり。どこ行こうかねぇ、初デート」 「そっか、初デート……」  あさって、デートをするとなると初デートだ。あまりに嬉しくて頬が緩んで、意味もなく朝倉に抱きついてしまいそうになるが、もうここは病院の目の前。周辺に患者がいても不思議はないし、いちゃついて噂にでもなったらよくない。しかし、朝倉はやはり、そんなことは全く気にしていない。 「こう暑いから、やっぱ涼しいとこがいいよなぁ」 「涼しいとこ……。水族館、とか……?」 「いいねぇ、そうしよっか。手ぇ繋いでも周りにバレなさそうだし」 「てぇ……っ?」 「なんだよ、だめ?」 「と、とんでもないっ……!」  あさっての休日に水族館デートが待っているかと思うと、途端に胸が高鳴った。宇野は脳内で、暗がりの中、大きな水槽を前にこっそり朝倉と手を繋ぐ自分を思い浮かべる。あまりに嬉しくて、思わずため息が零れた。 「水族館デートかぁ。すごい楽しみ、ですね……」 「そうだね」 「早くあさってにならないかなぁ。僕ね、ずうっと朝倉先生とデートしたいなって思ってたん……っ」  あ……、敬語……。  病院の裏口を前にして、つい敬語に戻ってしまった。ハッとして口を噤むが、顔を上げた瞬間。宇野は唇を塞がれる。 「ん……っ」  重なった唇はすぐに離れていった。だが、不意打ちのキスに呆気にとられてしまい、宇野はぽうっとしたまま朝倉を見つめる。すると、朝倉も釣られたように頬を染めて言った。 「ごめん……、外では絶対、がまんしようと思ってたんだけどさ……」 「あ、はい……」 「急に敬語に戻っちゃったなーって思ったら、かわいいこと言うから……。スイッチ入っちゃった」 「先生――……」 「えー……っと、おはようございます!」  甘い会話と雰囲気が、咳ばらいと厳しい口調に遮られ、一変する。ドキッとして宇野が振り向くと、後ろには呆れ顔をした佐東が立っていた。 「さ、佐東くん……っ」 「シュガー……」 「あれえー、おれの記憶違いかなぁ? この病院が始動する前、院内、敷地内でのいちゃいちゃは禁止っつったの、朝倉先生じゃなかったでしたっけえ?」 「あ……、す、すまん……!」  どうやら、今のキスはしっかり佐東に目撃されていたらしい。猛烈に恥ずかしくなって、宇野はにやけ顔のまま、ぶわっと火照った頬を掻いた。それを見て、佐東は呆れたように眉を上げたが、不意に宇野と視線がぶつかると、くす、と笑みを零す。 「別にいいですけど。患者さんには見られないように、気を付けてくださいよ。そんでなくたって、あなたたちは日頃からデフォルトでいちゃついてんだから」 「はい、すいません……」 「あと、シロさんたちは、みんな元気ですから。藍染さんにはもう連絡済みです。夕方、見に来るそうですよ」  佐東はそう言ったあと、鼻歌を唄いながら、ふたりの間をぬって院内へ入っていく。その後ろ姿を見届けて、宇野は朝倉と顔を見合わせ、笑みを零した。 「なんか佐東くん……、嬉しそうですね」 「うん……。ってか、オレらって日ごろデフォでいちゃついてたか?」 「どうなんだろ、佐東くんには、そう見えてたみたいですけど」  肩をすくめ、宇野は笑みを零す。彼はああ見えても、たぶん、ものすごく喜んでくれているはずだ。宇野の恋を、この院内で唯一知り、少々強引ではあるものの、応援してくれていたのは、彼なのだから。もっとも、佐東は愛木にだけは、それをなにもかも話しているのだろうけれど。  ありがとね、佐東くん……。 「よおーし、今日も一日、働くかぁ。頼むよ、ハニー」 「は、はい……!」  宇野は朝倉とともに裏口から院内へ入る。個室部屋からは、かすかに仔猫たちの鳴き声が聞こえてきて、宇野は窓から中を覗いた。部屋の中では、シロさんがきれいなタオルで作られた寝床で、仔猫たちにお乳を上げている。その様子に、宇野は朝倉と顔を見合わせ、微笑んだ。
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