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バタン……っと音がして、朝倉はうっすらと目を開ける。今の音は、隣の部屋のドアが閉まった音だろう。たぶん、宇野の部屋だ。壁の向こうから微かに聞こえてくる物音で、彼が外出から戻ってきたことがわかる。朝倉は枕元の時計を確認した。
「ん……? まだ六時半じゃねーか……。宇野くん、こんな朝っぱらからどこ行ってたんだ?」
今日は夜勤明けの日の翌日。朝倉も宇野も、丸一日休みだ。もっとも、彼は休みの日でもあまり朝寝坊をしなかったが、それにしても、どこかへ出かけていたのだろうか。
「コンビニでも行ってたのかな……」
そうひとりごとを呟いて、またうとうとし始めた時。再び隣の部屋の扉が開く音がして、それからすぐに朝倉の部屋の玄関扉の鍵がカチャッと開いた。朝倉はまた目をうっすらと開ける。
「ん……?」
「朝倉先生、おはようございます。起きてます?」
朝倉は薄い毛布に包まったまま、寝室の入り口の方へ寝返りを打った。どうやら宇野は、いつものように合鍵を使ってやってきたようだ。
「おはよう。たった今ね……。どしたの、宇野くん」
「あの、今日って予定ありますか?」
「いや、別にないけど……」
「よかった!」
宇野はそう言うと、寝室の中へ入ってきて、朝倉のベッドのそばへ寄った。それから、顔を覗き込むようにして、その場にしゃがみ込む。距離が一気に近づいて、朝倉の心臓がドクン……と、跳ねた。
なんか、近いな……。
「じゃあ、僕から提案です。今日は録画消費の日にするってのどうですか?」
「え。なに急に……」
「だって、昨日録画リストすごい溜まってたから。残量、虫の息でしたよ」
「そうだっけ……?」
「ニ十パーセントなかったです。僕が昨日、ひとつ消費して十九」
「あらやだ」
それはよくない、と朝倉は起き抜けの重い体を起こし、宇野を見つめた。普段、仕事の日に迎えにくるときとは違う、整髪料のついていない髪が、ベッド近くに置いてある、サーキュレーターの風になびいてさらりと揺れている。オフの日の彼だって、とうに見慣れてはいるのだが、なんだか妙に触りたくなって、朝倉は宇野の頭をくしゃくしゃと撫でた。
髪、さらっさらだなぁ……。
「わ……っ、ちょっと! な、なにすんですか……!」
「ごめん、なんとなく」
「はぁ……?」
宇野が苛立った声を上げる。その怒った顔が可愛らしくて、朝倉はくすくす笑みを零した。子どものようにふてくされた彼の表情が、朝倉は好きだ。どうしてか、この顔をまずは見ておかないと、一日が始まらない気がしている。
「もうー……」
宇野は手ぐしで自分の髪を整えて、ジトッとこちらを睨んでいる。だが、不意にその手を朝倉の髪に伸ばすと、朝倉を真似るようにして、髪をくしゃくしゃと撫で始めた。
「な……っ、こら、やめろって……!」
「仕返しですっ!」
宇野は頬を真っ赤に染めて、ふん、と鼻を鳴らし、勝ち誇ったような顔で、少しだけ口角を上げている。してやったり、と言わんばかりの顔だ。
「そういうことするなら……」
そんな彼に、朝倉のいたずら心が途端に疼き出した。仕返しをされたままでは、とても大人しく引き下がっていられない。朝倉は宇野の手を取って引き、脇腹の辺りをくすぐってやる。だが。
「奥義……っ、仕返しの仕返し……!」
「ちょっ……、あ……っ、やぁ……」
高くかすれ、裏返った宇野の声が響いた時。ドクン――……と、また心臓が跳ね、思わず手が止まってしまった。その隙に逃げようとしたのか、宇野が暴れ、ついでのように朝倉は体勢を崩す。そうして、宇野を巻き添えにするようにしてそのままベッドへ倒れ込んだ。
「おわ……っ、ご、ごめんっ! 宇野く――」
「いえ……」
慌てて体を起こそうとしたが、ハッとする。鼻と鼻が触れてしまいそうなくらい、近くに宇野の顔があったのだ。途端に、彼の半開きになった唇から目を離せなくなって、朝倉は生唾をごくん、と飲んだ。心臓が、急激に高鳴ってうるさくなっていく。
このまま、チューしたら……、すげえ怒るんだろうなぁ……。
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