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「あっ、王子。いいものを見つけましたよー。ちょっと待っていてくださいねー」 「え? ツバキッ?!」  アシュレイが物思いに耽っていると――。不意に人混みの中でツバキが何かを見つけたらしい声を発する。そして言うが早いか、喜色満面の様を見せて足早に人混みに紛れていってしまう。  アシュレイが呆気に取られツバキを見送ると、彼女は人と人の間を器用に縫う軽い足取りで一つの屋台に向かっていく。人に一切ぶつからず、声を掛けながら進むツバキの身の軽い動きに、アシュレイは感嘆の溜息を吐き出していた。  ツバキは向かっていった屋台の(あるじ)と一言二言と言葉を交わした後に、代金を支払い――。またアシュレイの元に、先ほどと同じように人を縫い分けて戻ってくる。  両の手に屋台で購入したものを持ち歩むツバキは嬉々とした笑顔を浮かべており、余程いいものを買ったのだろうとアシュレイに思わせていた。 「――はい。これ、王子の分ですよー」  アシュレイの元に戻って来たツバキは言うと、アシュレイに手にしていたものを差し出した。  それは、小ぶりな林檎を飴のような蜜で塗り固めた、串に刺された菓子だった。  アシュレイは初めて目にする菓子を受け取りながら、不思議げに小首を傾げてしまう。 「なに? これ?」 「林檎飴ですよー。お祭りといったら、これですねー」 「林檎飴……」  再び手渡された林檎飴と呼ばれた菓子に目を向け、アシュレイはぽつりと声を漏らす。 「王子は食べたこととか、ありませんよねー。美味しいですよー」  ツバキは言いながら、人目を(はばか)らずに林檎飴に噛り付く。口にした途端にへらへらとしていた表情を更に緩め、楽しげに身体を左右に揺らす。 (本当に美味しそうに食べるなあ……)  そうしたツバキの様子を見やり、アシュレイはくすりと笑った。 (――きっと、豊穣の女神なんかより。ツバキの方が綺麗だし、人として素敵なんだろうな……)  ふと無意識に、アシュレイは考える。ぼんやりとツバキを見つめ、黙したまま彼女に対しての想いを馳せていく。 「んー? どうしたんですか、王子? 人の顔、まじまじと見ちゃってー?」  アシュレイが自身を凝視していることに気付き、ツバキが声を掛ける。それにアシュレイは、はたと我に返った。その途端に気恥ずかしそうにして(こうべ)を振るっていた。 「う、ううん。なんでもないよ……っ!」  狼狽(ろうばい)の様相を見せながら、アシュレイはツバキに倣って林檎飴に歯を立てた。その焦燥をツバキはきょとんとした表情で見やっていたが、すぐに気を取り直して再び林檎飴に口を付け始めた。 (うう、危ないあぶない。つい見惚れるとか、らしくないなあ。気付かれたりしたら、距離を置かれちゃうかもだし、気を付けないと)  甘酸っぱい林檎飴を食みながら、アシュレイは明かせないツバキへの淡い恋心を想い、嘆息(たんそく)するのだった。
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