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Chance
祖父がずっと大事にしていた傘がある。16本の骨に紺の布が張られた傘だ。いったいいつから使っているのか、取っ手の部分は黒光りしている。だけど、きちんと手入れをしているらしく、金属製の骨には錆ひとつ付いていない。
祖父はどちらかというと新しいもの好きで、まだ使えるものでも割と簡単に買い替えてしまう。そんな祖父が、どうしてその傘だけは買い換えないのか、僕は不思議でならなかった。だからといって、その理由をわざわざ尋ねてみようとも思わない。誰にだって一つくらい大切にしたいものはあるだろう。それが傘だったとしても、何もおかしくはない。
大学が夏休みになり、僕は帰省したついでに祖父の家を訪ねた。祖父も祖母も、嬉しそうに僕を迎え入れてくれる。祖父母にとっては、僕はいつまでも子供のままなのか、駄菓子やらアイスクリームやらを出してくれる。僕はそんな祖父母の気持ちに応えるために、とりあえずアイスクリームだけは食べておくことにした。
「大学はどうだい? しっかり勉強してるかい?」
祖父が駄菓子に手を伸ばしながら尋ねる。
「ぼちぼちだよ。やっと一人暮らしにも慣れてきたからね」
「そうかいそうかい。おじいちゃんたちの頃は、大学に行くっていったら、そりゃあ大変なことだったんだ」
祖父は昔を懐かしむように言った。
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