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男性物のジャケットにミシンをかけていると、ドアについたベルが鳴って、来客を知らせました。
「いらっしゃいませ」
私はミシンのスイッチを切って立ち上がりました。
ドアを開けて入ってきたのは、三十代と思しき女性と老夫婦です。
「この二人に服を作ってください」
女性が綺麗なソプラノの声で言いました。ですが途端に、
「俺はそんなもん、いらん」
年老いた男性が言います。
「もう、お父さんったら」
女性ふたりが異口同音になだめ始めました。
その合間に、若い女性が私に笑いかけます。
「ごめんなさいね、偏屈で」
私は肯定も否定もできず、微笑むだけです。
「お父さんってば! きちんとした服がないから、結婚式なんか行けないって言ったの、お父さんでしょ! だから私が用意してあげるって言ってるんじゃない!」
どうやら、あれこれつけた難癖を、ひとつひとつ潰した結果のご来店の様です。
「わざわざ作るなんて、聞いてないぞ!」
男性はそっぽを向いて怒ります。
「どうせならきちんとしたものをって言ってるじゃない」
「無駄金を!」
「それを、死に装束で着せてあげるって言ってるじゃない」
「俺はまだ死なん!」
そんな言い合いです。私はどうしていいか判らず突っ立っていると、年老いた女性が微笑んでくれました。とても幸せそうな笑みでした。
「ごめんなさいね、よかったらお仕事をされてて?」
作業中でしたミシンを指さしておっしゃってくださいます。
「いえ、お気遣いなく」
確かにそうしてもよいのですが、いざ話し合いがついた折りに、少し待ってください、ではまた男性の気が変わってしまうかもしれません。
私はお三方に奥の応接セットに座るようを勧め、ホットコーヒーをお出ししました。
私も作業台に向かって腰掛け、マグカップにコーヒーを注ぎます。
ちょっとした、午後のコーヒーブレイクとなりました。
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