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今度はお母様の番です。採寸を終え、今はデザイン集を見ております。
「俺は座らせてもらうぞ」
時間がかかりそうだと判断したお父様が言います、奥の応接セットへ向かわれました。
私も追いかけ、コーヒーをお出ししました。
「ありがとう」
おっしゃってカップを手に取られました、私は一礼して去ろうとしたのですが、
「なあ、君」
呼び止められました。
私は膝を折り、床について視線を合わせます。
「君に、奥方や恋人は?」
「おりません」
私は素直に答えました、お父様は溜息を吐かれます。
「君も、友恵の旦那と、そうは歳が変わらんようだが」
30歳で、とおっしゃってましたね。私は頷きました。
「君は、中学校を卒業したばかりの娘とねんごろになろうかと思うかね?」
それは──街を行く高校生の姿を思い浮かべます。
ミニスカートから伸びた生足と煌めく髪をなびかせながら歩く姿は、私には眩しすぎます。首を横に振りました。
「そうだろう、そう思うだろう。なのにうちの世間知らずの娘はのこのこついて行って──」
お父様は大きく肩を落としました。
「──ここだけの話、出て行った時は、どこかでのたれ死んでくれたらと思ったんだ。もう赤の他人でいて欲しいと──あいつもそれが判ったんだろうな、長い事、葉書の一枚もよこしては来なかった。結婚したと花嫁姿の写真を送って来たのが最初だったな、子どもを二人も連れていた、男の顔もその時初めて見た。公務員と言うのは本当なんだろうな、真面目そうな男だった」
指先で目頭をそっと揉みます。
「それでも大事な娘を傷物にされた恨みは晴れなかった。次に連絡があったのは、その男が亡くなった時。さすがにうちのは呼び戻した方がいいと言ったが、私は友恵が泣きついてくるまで放っておけと言ったんだ。勝手に出て行ったんだ、こちらが気にかけてやる必要はないとね。だが友恵は、一度たりとも泣き言は言わなかった──親に似て頑固なんだな」
思わず頷きかけてやめました。
「そんな友恵が初めて土下座までして謝ってきたんだ、今度だけでいいから子供の結婚式に出やってほしいと──一緒に来た二人の娘は友恵によく似てた、もっとも私が知らない、十代後半から二十代の……そう思うとまた腹が立って帰れと怒鳴っていた。本当に、我ながら、あまのじゃくでどうしようもないと思ったよ」
それには頷いてしまいました、どちらかが折れれば、余計な労力は要らないのですが、そこは親子です、譲れないものはあるのでしょう。
「友恵が席を外した時に、その娘に説得されたよ。母を許せない気持ちは判る、でももう何十年も前の事だ、許してやってほしい。いずれ下の子も嫁入りしたら母はひとりになってしまう、その時は傍に置いてやってほしいとね」
つまり、仲直りをしてほしい、と言うことですね。
「友恵たちは向こうの親にも良くは思われてなくて交流は無いんだと言っていた。だからか友恵は度々ふたりの娘に話していたらしい。15で子供を産んだことは後悔していない、でも、周囲に歓迎される出産をして欲しい、歓迎される結婚をして欲しい、と」
先程の口上を思い出します、きっと事あるごとに話してきたのでしょう。ずっと後ろ指をさされ、陰口を叩かれる生活だったのでは。
「馬鹿な娘だが、子どもたちはきちんと育てたようだ。教え通り、大学の先輩だった男と結婚するらしい、生真面目に結婚までは綺麗な体でいたいなどと言って、それを受け入れてくれた男だと笑っていた」
目頭に光るものが見えました。私はテーブルの上のティッシュの箱を、そっと近づけます。
「──それにな、こうも言われたんだ、今度の結婚式は母親の、友恵の結婚式にしたいんだと──今、うちのが作ろうとしているドレスは、友恵に着せてやるんだよ」
「──え?」
「孫が言うんだよ、友恵は結婚式も挙げていない、とっくに伴侶も亡くしているが、その気分を味わせてやりたいんだと」
披露宴のお色直しの再入場で、娘さんとキャンドルサービスをしようと画策しているそうです。そして新郎のお仲間が神父役、新郎役になって、その会場で模擬挙式をやる段取りになっているのだとか!
「──素敵な計画です」
思わず溜息が混じりました。娘さん達も、ご両親も、槇田様を愛しているのだと感じられたのです。
「ぜひ、協力させてください」
「ああ、頼むよ」
そうおっしゃるお父様のお顔は、偏屈な男ではなく、娘を思いやる父の顔でした。
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