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デザインの打ち合わせや生地選びも終わり、いざ帰ろうとすると雨が降り出しているのに気づきました。
「どうりで暗いと思いました」
まだ明るい筈の時間です。
「あらやだ、傘、ないわ」
槇田様がおっしゃいます。
「ふふふ、私は持ってきてるわよ」
お母様が鞄から折りたたみ傘をお出しになります。
「ええ? 持ってくるなら、私達にも一言言ってくれても」
槇田様が可愛らしく怒ります、私はそれを笑顔で聞いていました。
「うちのものでよければお貸ししますよ」
何本か、ビニール傘ですが用意があるのです。
「まあ、ありがとうございます、お借りしていきます。試着の時に返しに来ればいいものね」
私は頷き、店の奥へと行きました。
傘立てに並んだ4本の傘。傘をお持ちでないのはおふたり……2本を手にし、はたと思います。
1本を置いて、店に戻りました。
「申し訳ありません、1本しかありませんでした」
「構わん、そこのスーパーにでも行けば売っているだろう」
はす向かいの店を示して言いました、そうなんですけど……。
「いいじゃない、駐車場までよ。一本あれば事足りるわ」
槇田様は私から傘を受け取っておっしゃいます。
「じゃあ、お前が行って車を取って……」
「やあよ、ここ一通だもん、ぐるりと回ってこないと」
「じゃあ、俺達はこの商店街の先で待ってるから……」
「いいじゃない、一緒に行きましょうよ。仕立屋さん、ありがとうございました、よろしくお願いしますね」
「はい、承りました」
槇田様が笑顔でさっさと出入口へ向かいます。
お父様は尚も残ろうとしていましたが、お母様に押されてそちらに向かいました。
槇田様が押し開けるドアを抜けて出て行かれます。その背に私は深く首を垂れました。
店の外の歩道にはアーケードがあります、しかし車道にはなく、その車道を渡った先に駐車場は有るので女性ふたりは傘を差しました。
お母様は左右を確認し、車や自転車がないことを確認して渡って行かれます。
その後を槇田様とお父様も行かれるのですが──お父様はやはりここで待つような仕草をします。その腕に自身の腕を絡めて、槇田様は傘を傾け、お父様に歩くよう促します。
そのまま、おふたりはひとつの傘に入って、肩を並べて歩いて行かれます。
槇田様は笑顔でした。お父様を大切に思う気持ちが伝わってきました。
お父様は少しでも離れようとしているのが、体の角度で判ります。年代なのでしょうか、どうしても娘に素直になれないのですね。
そんな後ろ姿に、口元が緩むのが止められませんでした。
いつの日か。
結婚式をきっかけでも。
また皆様で笑顔で語らえる日が来るよう、祈りを込めて、今日もお仕事を致します。
私もそっと計画を立てたのです。
お母様と同じデザインのドレスを一着、手習いと称してお作りするつもりです。
純白のイブニングドレスを──。
終
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