赴任

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そして、一旦自分のデスクに戻ろうかと思っていたところ、入り口付近で声がした。入って来た人物を見て女子社員たちがワッと声を上げた。 「おーい! みんな手を止めてくれ。今入社式終わってきたウチの新人を紹介する」 入社式を終えて参加していた添田(そえだ)部長と新入社員が入って来たらしい。佐野も部長と新人社員がいるドアの方に視線を向けた。 「本日よりこちらの開発営業部に配属されました小宮 勝月(こみや かづき)と申します。よろしくお願いいたします」 185センチは超えているだろう長身にネイビーのシャドースタイルのスーツがスタイルの良さを際立たせている。黒く短めの髪に切れ長で若さ溢れる力強い目。初めての職場に臆する事なく堂々と立つ姿に女子社員たちは一斉に『イケメン』と声を漏らし男子社員も『期待の新人になりそうだ』と声を漏らす。 ただ……1人だけ声も出さず青ざめた表情でその場に固まっていた人物がいた。他の社員達は新人の姿に釘付けになっていて、いつもとは違う暗い表情を浮かべる佐野の姿に気付いたものは誰もいなかった。 佐野の心の奥底にしまい込んだパンドラの箱の鍵がガチャッと音を立てて解除されギギギと軋む音を立てながら開いていくのを感じた。 ……どうして? どうして……君がここにいる? 「ーーの! 佐野!!」 「ぅわぁ! す、すみません!!」 「なんだ? お前もあの新人に見とれてたか?」 突然かけられた穂高の大きな声に佐野の意識が一気に引き戻される。全く見当違いのことを言われたが佐野は直ぐにいつもの明るい笑顔を貼り付け乾いた笑いと飛ばす。 「ハハっ、そうなんですよ! いやーすごいカッコいいですね。既に僕より仕事できそうな雰囲気?」 「違いないな」 佐野の冗談に穂高が応え部署内にどっと笑いが起こる。佐野は自分の青ざめた表情に誰も気づいていない事に心の中で胸を撫で下ろした。 「ほら自己紹介。佐野の番だぞ」 穂高に促されるまま小宮の前に立つ。170センチ程の佐野が小宮の前に立つと威圧感を感じるほどだった。佐野が震えそうになる手と声を抑えながら小宮に手を出し出すと表情一つ変えず小宮が手を出して握手をする。 握手をした手は大きくて温かく、人には体温があるということを思い起こさせて佐野の胸を締め付ける。
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