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「どうしたの今日は? あっ、もしかして昇級初日で疲れちゃった?」
「それもあるかな」
佐野はいつもの明るい表情を脱ぎ捨ててじっとテーブルを俯き加減で見つめる。マスターは暫く佐野の様子を見つめながらタイミングを見て話しかけた。
「國ちゃん……何かあった?」
「マスター。あのね……今日、僕……ナナに会った」
佐野の告白にマスターは瞠目し持っていたシェーカーを落としそうになる。
「國ちゃん、何言ってるの? だって、ナナちゃんはもう……」
「分かってる。分かってるよ! でも、あれはどう見てもナナにしか見えない! 見えないんだ……」
「國ちゃん……」
俯き嗚咽を漏らしそうに肩を震わせる佐野にマスターはため息をつく。そして背を向けてアプリコット・ブランデー、ペルノ、シャルトリューズを合わせてシェイクした後グラスを佐野の前に置いた。
「『イエロー・パロット』よ。これ飲んで何があったのか教えて頂戴」
「【鸚鵡】だね……」
「そうよ、一口飲むと饒舌になるわよ。しっかり話して貰うわよ」
佐野は目の前に出された『イエロー・パロット』を一口だけ飲み一息つくと今日の出来事をマスターに話し始めた。
「ーーそう、そんな事が……」
佐野が話し終わった時にはハンターの中身はすっかりと空になっていた。マスターはそっとチェイサーをカウンターに置いた。
「最初、きょうだいか親戚かと思ったけど……」
「ナナちゃんにきょうだいや親戚? 聞いたことはないわね。だってそういう子がいれば尚更……」
「そう、だよね」
佐野はチェイサーの入ったグラスを一気に飲み干す。ため息しか出なくなった佐野を見てマスターがシェーカーに氷とジン、ライムジュースを入れ始める。
「で、これからどうするの?」
「どうするもこうするも……これからも見ていくしかないよ。それが僕の仕事なんだから」
「國ちゃん……」
マスターがシェーカーのトップを閉めシェーカーを降り始めた。中で氷とリキュールが合わさるシャカシャカと小気味いい音だけが流れる。やがて音が止むとグラスを出し中身を移す。
「はい、いつもの。辛いのは分かるけど絶対無理しちゃダメよ。ナナちゃんの時だって……」
「分かってるよ。大丈夫! 明るくて元気なのが職場での僕のモットーなんだから。また明日から頑張るよ」
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