赴任

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「どうです? 新しい部長? さっき凄い盛り上がっていたの……何だったんですか?」 「うーん、まだ初日だしね。いきなり紳士的な上司が現れたから女子社員の目が凄かったよ。初日でいきなり年齢やら結婚してるか聞くんだもんね。ホント女って面倒くさい……」 佐野がうんざりとした溜息混じりの声で小宮に話す。小宮は『ふーん』と御子柴の方に視線を一瞬だけ動かした。 「あれだけイケメンで未婚って言うんだから凄いよね……女性が放っておくはずないと思うんだけどね」 「なんかあるんじゃないですか? 特殊な性癖があるとか」 「小宮。発言に気をつけてって言ったそばから……」 「係長こそ、さっきの発言聞かれたらセクハラって言われますよ」 『そうだね。気をつけるよ』と佐野は笑い自分のデスクに戻って行った。 佐野はついポロッと出てしまった本音に少し焦りながらも何とか誤魔化し通常の業務へと戻った。 佐野は部署では老若男女問わず明るく接しているが、実は女性と接するのは余り得意ではない。特に女性に多い事ある毎にイベントで盛り上がったり写真を撮ったり集団でコソコソして話をしているのが苦手だ。特に井戸端会議の様に集まっては話をしている姿を見ると嫌な気分になり先程の様に割り込んででも止めたくなってしまう。 昔は割り込む勇気すらなかったから耐えられない時は席を外していたりする程女性の噂話というのは苦手なのだ…… 小さく自分のデスクで溜息を吐いてから再び厚塗りの笑顔を貼り付けて佐野は営業の電話を取り仕事を始めた。 その後は何事もなく日々が過ぎていく。小宮も御子柴に対して突っかかる事もあるが御子柴もうまく受け流している。時々チクリと胸を刺す痛みを感じることがあったが小宮との関係も変わらず上司と部下の関係を続けることができていた。 このまま時が過ぎていくと誰もが思っていた…… しかし、御子柴の赴任は佐野の漸く馴染み同化し始めた心の瘡蓋が再びカリカリと爪で引っ掻かれ剥がそうとしていた事に佐野本人も気づいていなかった。
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