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濱崎啓一は理系学部の大学院へ通う大学院生だった。それが挫折したのは、上長からのパワハラと皺のよった環境が原因だった。
「お前は能力が欠如している」
「馬鹿なら徹夜すればいいだろ」
なんて言葉は日常茶飯事だったし、何度か「これが最低ラインだからな」と後輩の前で指をさして笑われたこともある。
思い返せば、研究活動とは名ばかりで、先輩の尻をぬぐう仕事だった気しかしない。彼が発注した最新式のフランス製の精製装置を、半世紀前に作られた日本製設備に取り付けたこともある。彼の論文で使った図表の半分は転載、半分は啓一が作った。
幼いころより罵倒や叱咤の類に満ちていた世界に住んでいたので、この程度の罵倒は慣れていた。が、それ故に”疲れてしまった”。大卒という世間最低ラインはクリアしていること、そして上層部が尊敬できなくなったことが拍車をかけてしまった。
指示は基本的に「いいかんじに」で済まされる割に、その場の思いつきで仕様を変更する。しかし、こちらから作業を頼んでも手を付けず「重要性をもっと説かなかったお前が悪い」と怒られる。12時間後に予定を入れることも多く、こちらが急いで資料を作って臨むも、相手は夕食を取りながら胡坐をかいている始末。それらが積み重なり、むしろ削れていった信頼の仲では、相手の指導など耳に入れたくなかった。
とはいえ、啓一自身の能力不足は事実であり、上長や教授陣の研究者としての実力が高いことも疑いようが無く、また啓一も彼らを”研究者としては”尊敬していることから、自らが身を引くことを選んだのだった。
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