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放課後の教室。窓から差し込む夕日に照らされた、きちんと並べられた机と椅子達。 生徒たちが、掃除をしたばかりで、床にはチリひとつない。 校内では、下校をうながすアナウンスと音楽が流れており、校門では、生徒たちに帰宅を促す先生の大声が聞こえる。 生徒たちの喋り声が、途絶えた校内で、廊下を急いで歩く人影がある。 その人影は、校則で禁止されているのにも関わらず、わざと音を立てるように、ドスドスと歩いていた。 有名私立の進学校に通う男子生徒Aは、むしゃくしゃしていた。 Aは、自分の教室のドアをガラガラと乱暴に開け、教壇の上に、ドサッと自分のかばんを置くと、綺麗な深緑(ふかみどり)の黒板の中央の前に立ち、おもむろに、自分の目の前の新品の白いチョークを取った。 「なんであいつが楽しそうに、彼女と喋っているんだよ。」 「俺がひそかに好きだって、知っているくせに、むかつく!」 Aは、さっき自分が密かに片思いしている女子生徒Bと、親友の男子生徒Dが、かなり親密に話し込んでいる現場を見てしまった。 Aは、もう滅茶苦茶ショック。 おまけにAは、二人が一緒にいる現場を見て、なんとなくお似合いな気がしてしまい、早くも失恋状態だ。 それからというものAは、冷静ではいられない。 「こうなったら二人が、付き合っている噂を立ててやる。」 Aが取った手段は、自分の手の届く限り黒板いっぱいに、BとDの相合傘を書くこと。 Aは、かなり古臭い手だが、これが一番効果的なはずと勝手に思った。それに自分の気持ちを納めるだけだから。 Aは、手に取った白いチョークで、相合傘を出来るだけ大きく、大きく、黒板いっぱいに書きながら思う。 自分のこの失恋の痛みが、小さく、小さくなるようにと願いながら。 どうせ先生か、守衛さんに自分の書いた落書きは、消されるはず。 そして、明日は、いつもどおりの黒板に戻り、この胸の苦しさも消えていてほしい。 「これでよし。我ながら良くできた。」 Aは、黒板のふちに、小さくなったチョークを置き、初めて書いた大きな相合傘を眺めて、自画自賛。 深緑(ふかみどり)の黒板に、大きく書かれた相合傘。 白い線で浮き上がった傘の下には、BとDの名前が、わざと苗字から書かれている。 おまけに、むしゃくしゃしていたものだから、ご丁寧に幼稚園児のように傘の部分を塗りつぶし、傘のてっぺんには、赤いチョークで塗りつぶしたハートが付いている。 Aは、長い間、黒板の自分の落書きを見ながら,かなりご満悦。 しかし、その上にある備え付けの丸い時計を見て、はっとする。 時計の針は、校門の閉まる時間の五分前を指している。 「やべー、かなり時間、経ってるじゃん。」 Aは、言葉遣いの厳しいこの学校には、似つかわしくない普段使いの言葉を吐き捨てて、慌てて、自分のかばんを抱え、先生に見つからないように教室から退散する。
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