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「はい。一週間と少し前に入ったばかりなんです」
おずおずと答えると、男は満面の笑みを浮かべながら、俺に向かって一万円札を差し出した。
これは……チップというやつだろうか。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
チップというのは、せいぜいワンコインか千円札一枚くらいのものかと思っていた。こんなに大きな額を渡そうとする客もいるのか。
しかし残念ながら、ベルキャプテンからは『お客様からチップを渡されたら、まずはお断りするように』と指導されている。
「お気遣いありがとうございます。ですが、チップは――」
断りかけたその時、男の指がピッと弾くように動き、手にしていた一万円札が三枚に増えた。マジックでも見るような気分で、目の前のそれを見つめる。
扇状になった札をひらひらとなびかせながら、男はまた笑った。
「脚が長くて、格好いい子だね」
「……」
「肌も若くて綺麗だ」
俺は何を言われているのか分からず、後ずさりをしながら男の顔を見た。
男の顔は脂っぽくて、札越しに俺を見つめる目は、爬虫類じみた光を放っているように見える。
「身体に触らせてくれないかな。触るだけだよ。3万じゃ足りないなら、もう少し出してもいい」
ゾワッと背中に鳥肌が立ち、心臓が暴走列車のように脈動し始める。
俺はきびすを返し、客室を飛び出した。
ドアが閉まる瞬間、ぼそりと「残念だなあ……」という男の声が聞こえた。
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