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「なあ、ここの池、見覚えない?」 「……あっ」  そう言われて、ピンときた。 「渡兄ィがよく描いてる風景って、もしかしてここ?」 「そうそう」  俺が軽井沢に来てから、渡兄ィの工房で毎日のように見かけていた絵。目の前にある風景は、キャンバスに描かれていた風景と同じものだった。 「人生なかなかうまくいかないけどさ、それでもオレがここにいたい一番の理由は、これかな」  渡兄ィは池の側に佇む木の幹に手を添えて、遠くを見つめた。 「綺麗なもんだよ。春は花、夏の青々とした葉っぱが秋には真っ赤に紅葉(こうよう)して、冬は雪化粧――オレ、この辺の景色が好きなんだ。ずっと見ていたいし、何度でも絵に描きたくなるよ」  渡兄ィの描いた風景画と、目の前に広がる闇に沈んだ池と森の景色が、目の奥で重なった。  昼間のうちにこの池を見に来たことは、まだ一度もない。だけどその色彩の鮮やかさを、俺は頭の中でありありと想像することが出来た。  水面に映る小さな月が、キラキラと揺らめいている。  夜の静けさと、湿気を帯びた冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、俺は空を見上げた。
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