124人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
「なあ、ここの池、見覚えない?」
「……あっ」
そう言われて、ピンときた。
「渡兄ィがよく描いてる風景って、もしかしてここ?」
「そうそう」
俺が軽井沢に来てから、渡兄ィの工房で毎日のように見かけていた絵。目の前にある風景は、キャンバスに描かれていた風景と同じものだった。
「人生なかなかうまくいかないけどさ、それでもオレがここにいたい一番の理由は、これかな」
渡兄ィは池の側に佇む木の幹に手を添えて、遠くを見つめた。
「綺麗なもんだよ。春は花、夏の青々とした葉っぱが秋には真っ赤に紅葉して、冬は雪化粧――オレ、この辺の景色が好きなんだ。ずっと見ていたいし、何度でも絵に描きたくなるよ」
渡兄ィの描いた風景画と、目の前に広がる闇に沈んだ池と森の景色が、目の奥で重なった。
昼間のうちにこの池を見に来たことは、まだ一度もない。だけどその色彩の鮮やかさを、俺は頭の中でありありと想像することが出来た。
水面に映る小さな月が、キラキラと揺らめいている。
夜の静けさと、湿気を帯びた冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、俺は空を見上げた。
最初のコメントを投稿しよう!