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「渓一……山田さんちの奥さん、知ってるでしょ?」
隣の座席をチラリと見てから、俺はまた新幹線の窓から見える景色に目を向けた。
「奥さんね、高校生の頃、学校に行けなくなった時期があったんだって。青春の悩みとか、そういうのがあって――」
「……」
「その時、ご両親のすすめで、しばらく那須の親戚の家で静養生活を送ったんだって」
「……」
「奥さん、言ってたわ。自然に囲まれた空気の綺麗なところで自分を見つめ直したら、自分の悩みがちっぽけなものに思えてきて、不思議と気持ちが晴れたんだって」
母さんの声は弱々しい。
静かな車内にいるからというのもあるだろう。でも、俺はその弱々しさの本当の理由を知っている。――原因は俺だ。
手元にある緑茶のペットボトルをいじっていると、母さんが俺の方に顔を向ける気配がした。
「……聞いてる?」
「聞いてる」
「そう……だからね、渓一もゆっくりしてきたらいいわ。きっと何か、得るものがあるはずだから……」
俺は黙って、睨みつけるように流れていく景色を見続けていた。
安い話だ。『自分探しの旅』なんて、今時――
そんなことで何かが変わるなら、簡単でいいよな。
東京発長野行きの新幹線の中。俺は今、軽井沢に住む従兄の家に向かっている。
トンネルに入り、暗くなった窓に自分の顔が映った。しばらく散髪をしていない。目の上にかかっている白っぽい金色の髪を、指先でかき分ける。
その向こう側に映る、憔悴しきった母さんの横顔から、俺は目を逸らした。
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