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渡兄ィは、豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
俺の肩を引っ叩いてから、慌てて周りをキョロキョロと見回し始める。
俺も周囲にちらりと目を向けた。
何人かの観光客らしき人達が、そそくさと視線を逸らして立ち去っていく。
渡兄ィは首まで真っ赤になって、俺を睨みつけた。
不意打ちのイタズラで驚かせてやろうと思った俺の作戦は、大当たりだった。心の中でぺろっと舌を出しながら、俺は改札の方へと駆けていった。
「じゃあな! どうも、お世話になりました!」
新幹線のチケットを通し、改札を抜けてからもう一度渡兄ィを振り返る。
「また来るから!」
大きく手を振ると、渡兄ィは苦笑いしながら、手を振り返してきた。
ホームへと続く階段を降りるまで、俺は何度も何度も渡兄ィを振り返った。
振り返る度に、渡兄ィの表情は少しずつ寂しげになり、最後には追い縋るような目で俺を見つめていた。
ホームの床にポンと飛び降りるように両足を着けて、立ち止まる。
――俺はちょっと残酷なことをしてしまったのかも知れない。
そう気付いてから、真顔になった。
あと何日かで8月が終わる。冬休みまでの日数を指折り数えながら、新幹線の座席に深くもたれ掛かる。
スマートフォンが震えた。
画面を見ると、渡兄ィから〈ばか〉と一言だけメッセージが送られてきていた。
渡兄ィのスネたような顔が脳裏に浮かんで、心の中で「ごめんごめん」と頭を下げる。なんとなく可愛げのある文句の言い方だな、なんて思いながら。
やがて新幹線の窓に、都会の明かりが映った。
その光の群れを眺めていたら、俺は早くも、軽井沢で見たあの満天の星空が恋しくなっていた。
〈了〉
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