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 俺がバイト先で客にセクハラをされた事は、この夏休み最大の事件の、ほんの始まりに過ぎなかった。  次の日の夕方、バイトを終えた俺は、いつものように渡兄ィに借りた自転車を漕いで帰宅した。  家に到着し、庭先に自転車を止めた時、俺は何か奇妙な違和感を感じて動きを止めた。  家の一階にある店舗の扉が開いている。  そのことは、特に気にならなかった。  渡兄ィは郵便配達のバイトを終えた後、それからシフトが入っていない日はずっと、画家としての仕事をしている。  外に出て描く日もあるけど、今日は朝から工房にこもって作業していた。だから店も開けているんだろう。  不審に思ったのは、店の中にある工房へと続く扉が半分開いていて、そこから誰かが言い争っているような声が聞こえたからだ。  店舗の中には、客の姿も渡兄ィの姿も見当たらない。俺は玄関ではなく、店舗部分の分厚いガラスの扉をくぐった。 「今日は無理ですって! 従弟が帰ってくるんです!」  渡兄ィの怒声だ。  追い詰められたようなその声に、俺は焦りを覚えながら、工房の扉を勢い良く開けた。  そしてポカンと口を開けた。  イーゼルが倒れ、描きかけのキャンバスが床に落ちていた。  でも一番驚いたのはそこじゃない。  俺の目に飛び込んできたのは、部屋のど真ん中で何者かに抱き締められ、渡兄ィが唇を奪われている現場だった。
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