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我儘なお客と、特別なパンケーキ7
「結局、ただの痴話喧嘩だったってわけ」
ふたりを見ていた青藍さんは深く嘆息すると、こちらを見た。すると、途端にぎょっとして顔を引きつらせた。何故ならば――私が、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていたからだ。
「よがっだでずねええええ……」
「アンタ、酷い顔よ。……ほら」
「ありがどうございま……ズビーッ!」
「ひぃ! アタシのお気に入りのハンカチ!」
本当に上手く行ってよかった。一時はどうなることかと思ったけれど……結果的に、すれ違っていたふたりの仲を取り持つ事ができて、心底嬉しい。きっと彼らは、これから幸せな家庭を築くに違いない。借りたハンカチで涙を拭い、今もなお抱き合っているふたりを眺めていると、青藍さんが呆れたように言った。
「それにしても……アンタ、男に捨てられたんだったわよね? ああいうのを見て、嫉妬とかしないわけ?」
その問いに、私は首を傾げた。
「どうしてです? 他人は他人でしょう。羨んでも、自分が結婚できるわけじゃありませんし。他人の幸せは、素直に祝福してあげたいじゃないですか。それに見てくださいよ。あの可愛い狸をあの男と一緒にしたら、狸が可哀想……」
そこまで言いかけてやめる。脳内では、『君って珍しい性格してるよね(笑)ひとり焼き肉とかマジ?(笑)へー……俺は無理』という、最高に腹立たしい台詞が再生されて、さーっと気持ちが冷めていくのを感じていた。
(人の個性を受け入れられない時点で、あの男、狸以下だわ……)
なんで結婚しようと思ったのか。当時のことを思い出すたびに首を捻らざるを得ない自分に気づく。結婚を焦るばかりに目が曇っていたのだろうか。……もしかして、逃げられてよかったのでは? むしろ、浮気相手が気の毒になってきた……。
そんなことをぼんやり思っていると、朔之介さんがやってきた。
「橘さん? どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもありません」
はっとして苦笑いを浮かべる。
どうも、アイツのことを思い出すと思考が飛びがちだ。それだけ、かつての恋人とのことが尾を引いているということなんだろうけれど。
「あっ、そうだった。忘れてた」
私は、青藍さんと朔之介さんに向かい合うと、深々と頭を下げた。
「今回のことで、初めてお店のお役に立てたような気がします。えっと、なんて言ったらいいかわかりませんが、今後共どうぞよろしくお願いします……!」
すると、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「だから、別にそういうのはいいって言ってるじゃない」
「まだ気にしてたのか。本当に橘さんは真面目だなあ」
そして、更に頷き合うと、今度は私に同時に頭を下げた。
「「こちらこそ、よろしくお願いします」」
――じん、と胸の奥が熱くなる。頬が自然に緩んでしまい、思わず手で押さえた。
よかった。これでやっと、この店の一員だと胸を張って言える気がする。
「これからもっと、頑張ります!」
もう一度、頭を下げる。すると、朔之介さんが楽しそうに笑った。
「これじゃあ、お互い頭を下げ合って一生終わらないよ」
「……ですね」
顔を上げて、肩を竦める。そして――今度は朔之介さんと笑い合った。
「あら? あらあらあらあら!」
すると、そんな私たちを見た青藍さんが声を上げた。いやに楽しそうに私たちを見ていたかと思うと、朔之介さんの首に腕をかけて、顔を覗き込む。
「なあに、やけに親しげじゃない。なんか距離が縮まってなぁい? ……そういえば、今日一日一緒に出かけていたわよね。何かあったのね? そうよね!?」
「いや、別に」
「嘘よッ! あれはアイコンタクトだった! 心が通じ合ってた!! 正直に吐きなさいッッッ!!」
「だから、何もないって言っているだろ!?」
ワーワー騒いでいるふたりを眺めていると、朔之介さんとばっちり目が合ってしまった。すると彼は、非常に申し訳なさそうに眉を下げると、口パクで「ごめん」と言って――ふ、と優しげな笑みを浮かべた。
「――ッ!?」
その瞬間、心臓がきゅうと締め付けられた感覚がして困惑する。恐る恐る胸に手を当てると、確かに鼓動は早くなっていて。
(いやいやいや。それはない)
私は慌てて頭を振ると、その可能性をすぐさま打ち消した。
「もう、朔は意固地なんだから。じゃあ、こっちに聞くわ! 詩織ちゃあああああん? 今日あったことを教えてくれる~?」
「な、何もありませんでしたー! あ、母に上手く行ったと報告してきますね!」
どくんどくんと、自己主張している心臓には、気づかなかったことに心に決めて。
私は、青藍さんから逃げるために、慌てて厨房に飛び込んだのだった。
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