虚構の空

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 そうして、あやが事務所掃除を一通り終え、征爾が2杯目の珈琲を飲み干した所で来客を告げるチャイムが鳴った。 「もうそんな時間か」腕に嵌めたままの時計を確認すると、まだ9時半だった。少し早いが、子供を心配する親なら仕方がない。征爾はあやに目配せをして、ドアを開けさせた。 「すみません、少し早いのはわかっているのですが」  ドアを開けるなり、男の声がする。恐らく父親の方だろう。如何にも人の良さそうな声だ。あやが名前を確認して、事務所の中へ引き入れた。  征爾はソファから立ち上がり、依頼人を迎え入れる。しきりに頭を下げながら入ってきた依頼人は、声の印象そのままに優しい雰囲気に包まれた夫婦だった。父親の方は40前半といったところだろうか。服装は若いファミリー向けのショップで扱っているようなナチュラル志向の物で、ぱっと見は30代そこそこにも見えた。その後に続いて入ってきた母親はおとなしそうな美人で、名前は妙子と言った。心配でつかれているのだろうか、俯き気味に小柄な体を更に縮め夫の影に隠れるように立っていた。  一見、どこにでもいる30代の若夫婦。  二人共に穏和な雰囲気を装ってはいたが、その表情は固い。征爾は出来うる限り明るく、そしてはっきりとした口調で右手を向かいのソファへと出した。 「どうぞこちらへ。結城さんですね。責任者の高輪です」 「引き受けて下さってありがとうございます。よろしくお願いします」  座る前に下げられた頭の深さに、子供をいかに大事に思っているかが垣間見えた。 「息子さんが居なくなったのはいつですか?」 「その、2週間前です」  2週間、その期間を聞いて征爾は驚いた。恐らく常習者なのだろう。両親からはとてもそんな息子がいるとは思えなかった。  いつもは短くて3日、長くても1週間で警察から連絡があるか、ふらりと戻って来るのだと父親は言った。  少年の名前は結城尊16才。この春から高校2年生になるらしい。身長168センチ、細身で髪は短く金髪、両耳にピアス、ふらふらとしている子供にありがちなスタイルではあるが、1つだけ特徴的な所があった。両目の色が違うと言うのだ。 「カラーコンタクト、ですか?」その特徴を聞いてまず思ったのはその事だ。  それ以外に日本人で左右の瞳の色が違う人間など、征爾は思い付かなかった。  すると、結城岳人は隣で不安そうに座る妻へ目配せをし、「ええ、まぁ」と煮え切らない返事を寄越した。  不思議な事があるものだと思った。金髪に左右の目の色が違う、そんな目立つ子供を警察が見つけられない事などあるのだろうか。普段は見つかって帰ってきたと言うのだ、今回は何が違うのか。  恐らく目立たないよう姿を変え、本気で家出をしたと考えた方が良さそうだった。 「奥さん、尊君の交遊関係、今までどの辺りで補導されたのか等、覚えている限りでいいのでお教え願いますか」  これも闇雲に探す訳にもいかず、望みは薄かったが尊の交遊関係を母親に問いただすことにした。どんな小さな事でも報告をして欲しいと伝えると尊の母親は、はいと答え小さく頷いた。 「今日中に用意します」 「助かります。では、その情報を頂いたと仮定して、今後のスケジュールを少し説明させてください」  征爾は立ち寄りそうな場所、友人の連絡先等を聞いた後、まずは1週間を目処に、一度成果を報告。それで目処がつかない場合に掛かる費用と日数の説明をした。 「それでよろしいですか?」 「わかりました。それでお願いします」  改めて事務所の電話番号とファクシミリの番号を確認して夫妻は事務所を後にした。部屋を出る際、再び深く下げられた頭はドアが閉まるまでそのままで、征爾はなんとか早めに決着をつけてやらねばと強く思った。未成年の家出は単純なものから犯罪に巻き込まれた可能性まで様々だが、期間が長引いていくのはなんにせよよくない兆候だ。  征爾は夫妻を見送った後、即座に衝立を叩いた。  無言で少し隙間が開いたかと思うと、有の長い手だけが何枚かのコピー用紙を握り出てくる。それを受け取ると、ぼそりと声が聞こえた。 「通り魔事件のリスト」 「あぁ、すまないな、それと」 「行動範囲絞るんでしょ?家出少年の。情報が来たらやるから、あやちゃんに言っておいて」  流石、話が早い。奥でずっと聞いていたのだからそれもそうか、と征爾はあやへ衝立を指差しながら目配せをした。    依頼人からの情報は午後一番に寄せられた。皆で軽い昼食を済ませ、食後の珈琲を飲み始めた13時頃。最近では滅多にならないファクシミリが唸りながら、懸命に紙を吐き出し始めた。  その情報にざっと目を通した征爾は、少なからず驚いた。未成年の徘徊場所、当然昔ながらの繁華街、渋谷や池袋等を想像していたのたが見事に裏切られた。  補導された場所を見たところ、全て都内もしくは近隣の公園だったのだ。しかも朝、日中、夕方、時間もばらばらで目的がわからない。考えられると言えば暇潰しか寝床探し、あるいは………… 今朝の電話が頭を過った。公園、未成年。本気で行方をくらました理由。 「タイミングが良すぎるな」  呟いて、冷静になろうと煙草を一本取り出す。地図を広げてみないとわからなかったが、元刑事の感は何かある、と訴えていた。 「あやちゃん、これ有に回して」  数枚の紙をあやへ渡すと、煙草へ火をつける。有がリストを作るまではまだ時間もあるだろう。どのみち調べる場所だ。不自然に重なった偶然は、征爾にとっかかりを与えてくれた。 「公園、行ってみるか」  征爾はゆっくりと煙を吐き出すと、大貴へと繋がる番号を回した。
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