苦労人。

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「お前は良いよな。贔屓客が多いから」  等とぼやき肩を落とす紫苑へ、蘇芳は脱力感を覚えた。羨ましがられる処が不本意であると。 「はっ、贔屓客ねぇ……もっと違った客が欲しいもんだ……お前は『本番』をけちって其の上、選り好みし過ぎ」  助言をしてやる蘇芳だが、紫苑は拗ねた様な表情で顔を背けた。 「気に入ったら貸すさ。汚い男は嫌いなんだよ」 「糞贅沢。何時迄たっても金貯まらねぇぞ」  空かさず入った蘇芳の突っ込みであった。そんな立場なのかと、呆れ気味だ。 「お前、結構貯まったろ」  ふと訊ねてみた紫苑へ、蘇芳は溜め息を漏らす。 「まださ。お前よりは、って処か」  此の劇団を抜け、殆ど学の無い己等が外の世界へ出るにはやはり金である。其れは、何時になるやら。途方も無い。紫苑は、今日出会った青年――時雨――の言葉を思い出していた。春を売る以外の何かを探せ、と。そんな説教を面と向かって言われたのは初めてだった。其れは、叶うものなら己だって、何かを目指して生きてみたい、明るい日の光を浴びて生きてみたい。思ってはいるが、手に入る者と入らない者がいるのだ。何も知らない癖にと、妙に苛立ってきた紫苑。 「しかし、今日は帝と后妃様がお出でだからな。騒がしいったら無いぜ……うちの芝居より、其方目当ての奴が多いかも」  何やら黙り込んでしまった紫苑へ、蘇芳がそう不平を漏らしながら、側に転がっていた煙管に手を伸ばすと、刻みを詰める。此処で、紫苑の意識が其の話題へ刷り変わる。
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