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東の御所は、本日も天より明るい日の光が照らす。今や東の帝より、尽きぬ寵愛を受ける東の后妃、錦(ニシキ)は朝から上機嫌。落ち着き無く、部屋と庭を行ったり来たり。そんな錦の様子に、女官達は思わず笑みを溢していた。本日は、夫で帝である一刀(イットウ)と共に芝居小屋へ向かう予定。東の都で最も歴史の古い芝居小屋が此の度、改装されてから初めての舞台公演なのだ。其の記念すべき初日に、町興しとして帝と后妃が招待されたのである。其れは重要であると判断した一刀も、其の依頼を快く承諾したという。此れに、錦は大喜び。一刀と二人で芝居を観る等、初めてであると。其の約束は、昼食後となっているのだが。
「――一刀、お昼御飯終わったかな?」
開いた襖の外へ控えていた后妃付きの女官、薊(アザミ)と小夜(サヨ)が微笑みつつ錦へ拝する。
「后妃様。帝は、お忘れに等なりませぬ故」
薊の言葉に、錦が頬を染める。
「そ、そんな風には思ってないさ……あの、えっと、お庭を散歩してくるよ!」
恥ずかしさを誤魔化す様に、後宮の庭へ向かって廊下を早足で進み行く錦へ、薊と小夜が笑みを溢し再び拝する。
「行ってらっしゃいませ」
庭へと出ると、護衛として控えている西の隠密所属の青年、時雨(シグレ)が姿を見せ跪いた。そして。
「お前、何度目だ……大人しく部屋に居ろよ」
護衛と言え、彼は錦とは幼馴染み。二人きりの時は気安く、弟の様に接する事が多いもので。そんな時雨の呆れた声に、拗ねながらも揃えられた草履へ足をやる錦。
「良いだろう、別にっ」
ぷいと、首を背け時雨を横切る。小馬鹿にされたと少々御立腹の様子。素直な反応に時雨は何かを擽られ、更にからかいたくなってしまい。
「……帝、急用が出来てお越しになれなかったりして」
小声で呟かれた声に、錦は思わず足を止めた。時雨を振り返った其の表情は、眉間へ皺を寄せ、明らかに不機嫌そうだ。
「一刀はちゃんと約束を守ってくれるさ……!」
「帝が其の気でも、状況がそうさせない時もあるだろう」
神妙に、冷静に返してやった時雨。錦の声が詰まる。
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