152人が本棚に入れています
本棚に追加
「雅も、日々忙しくて予定がやむ無く変わる事もしばしばだったしな」
「うっ……」
現実的な意見に、錦は更に声が詰まってしまった。そうだ、西の帝である姉、雅も公務に追われ、慌ただしい日々を送っていた。時折己との約束も、先送りになる事があった事を思い出す。立場同じくする一刀も、忙しい事はよく知っているので。
此処で俯いてしまった錦に、時雨が少々やり過ぎたと省みる。
「何てな。今回は公務のひとつだ、そんな事にはなるまい」
と、付け足してやった。が、まだ不安そうで唇を噛み締めている表情。焦った時雨は、涙が浮かぶやもと冷や汗も。一刀が顔を出しそうな頃合いなので。
「悪いっ、ちょっとからかっただけだって。お前、暇そうだったからさ……」
時雨より顔を背け鼻を啜る錦。と、其の時だ。
「后妃様、帝が御迎えにいらっしゃいました!」
薊の明るい声に、錦が顔を上げると庭へと繋がる後宮の廊下より見えた東の帝、一刀の姿。錦は時雨を捨て置き、駆け出した。微笑む一刀へ、瞳を潤ませ其の胸へ飛び込むと顔を埋める。
「一刀ぉ……!」
「何だ、何故泣いている……?」
状況が飲み込めず、一刀が錦の髪を優しく撫でながら訊ねた。
「時雨が、意地悪言ったんだ……!」
錦の鼻声での強い訴えに一刀は、表情の無い冷たい容顔を時雨へ向ける。
「ほう……」
一瞬寒気を覚えつつ、時雨は冷静に跪いた。
「誤解に御座います。錦様の気を紛らわせて差し上げたかっただけです」
最もらしく、静かな声に錦は眉間へ皺を寄せた表情で睨んでいる。
「よく言うよな……」
小声で物申してやった。そんな幼馴染み同士の戯れに、一刀は軽く溜め息を吐くと。
「何があったかは知らぬが、后は立腹の様だな……時雨殿、そなたは此れより非番と致す」
最初のコメントを投稿しよう!