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「ひ、非番?」
其の声と言葉に、時雨は錦をからかい過ぎた事を少々悔いた。帝の御機嫌迄損ねたかと。しかし。
「実は、そろそろ纒(マトイ)に后の護衛に慣れて貰わねばと思っていたのだ……本日は丁度良い機会だと、纒へ話をしていてな。此れより、時折其の日を増やして行こうと思う。取り敢えず明日の夜より、又そなたへ頼みたい」
纒とは、元西の隠密として時雨と共に仕えていた親友である。とある任務がきっかけで、最近迄は失踪から死亡との状態であったのだが、此の東にて其の生存を確認するに至った。様々な柵から、西への帰還が困難となった纒は、時雨が西の帝の元へ戻った後、后妃の護衛を引き継ぎ担う事となったのだ。
一刀の表情と声色から察するに、元より其の予定であった様子。確かに、己は西の帝の家臣である。東で錦とずっと共にいる事は叶わないわけで、帰還の日が定められている。其れに何より、錦の此の幸せな日々を眺め、己自身も御役御免と思い始めていた頃合いだ。
「纒が良い。今日の時雨は嫌いだっ」
錦が一刀の羽織を握り締めたまま、時雨を睨み一言。先程迄思い馳せていた時雨は、複雑な心境ながら、顔には出さず。一刀は、何かを察し苦笑いを浮かべている。
「まぁ、后もこう言うておる。羽を伸ばされよ」
時雨へそう告げた一刀が錦を促すと、揃って其の場を立ち去って行った。去り際、一刀の死角より己へ舌を出し、最後の攻撃を仕掛けた錦へ時雨は軽く笑って返してやった。『今日の時雨』は嫌いとの事。明日には忘れておいでだろうと、突如貰えた非番に心が軽くなる。では、早速羽を伸ばすかと。
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