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時雨は、特に目的も無く町へと出て来た。普段眺める景色は後宮の庭ばかり。確かに美しくはあるが、其ればかりだと流石に飽き飽きするのだ。そして、此の活気ある町の喧騒も心地好くも聞こえる。何をするでも無く、只此の空間に足を進めているだけで良い気分転換が出来そうだ、とそんな中、衣の背を遠慮がちに引く感覚に足が止まる時雨。振り返ると、女子の様な派手な衣に身を包んだ青年が立っていた。年は、錦と同じ位だろうか。年下には違い無い。
「私に、何か?」
時雨は、取り敢えず用件を訊ねてみる。身なりで決めるのは無礼かもしれないが、こんな昼間からふらふらと、不良青年の因縁だろうかと。しかしながら、其の容顔はやんちゃな強面では決して無い。繊細で美しく、だらしなく胸元を着崩してさえいなければ青年とは分からなかったかもしれない。娘でも通りそうだ。此処でふと頬笑む青年、敵意は無い様子。
「西より、観光の御方ですか?」
訊ねられた言葉に、時雨は苦笑いを浮かべた。どうやら、彼方も時雨を身なりで判断した様だと。
「いえ、私は……」
「私を買って頂けませんか?」
口を開き、時雨が否定の言葉を出す迄に、青年が被せた言葉に、時雨は驚き目を丸くした。
「は……?」
状況が飲み込めていない時雨の手を、笑顔で取る青年。
「観光案内も兼ねて、お願いします」
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