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大体が冷静な時雨も、初めて直面した妙な状況に少々動揺があった。しかも、側を通る者が此方の様子に視線を向けて来るでは無いか。こんな昼間から、とでも言う事か。
「ちょっと来い」
時雨は、青年の腕を引くと、足早に人気の少ない路地へと入った。青年の手を離し、若干睨む様に見据える。
「お前、悪戯にしては少々度が過ぎるぞ」
此の糞餓鬼、と迄は大人げないので声にしないが喉迄出掛かっている。しかし、青年はきょとんとして軽く後ろ頭を掻いた。
「兄さん、観光客じゃ無いなんですか?身なりが良いし、御一人様なので、てっきり……」
悪怯れる風も無い声。此れは人違い、等と言った雰囲気だ。繊細な容顔に似合わぬ此の大雑把な性質は何だと、時雨の口角がひきつる。
「今そう言う話をしてないだろう」
せめて、謝罪が先では無いのかと。こんな間昼間の往来で妙な誤解を抱かれた己に対して。しかし、青年は逆に肩を落として溜め息を吐く。まるで、逆に時雨を責める様にも見える。
「金が無いなら、もう結構ですよ。では」
立ち去ろうと、軽く手を振る青年。其の細い頼りなげな肩を掴んだ時雨は、青年の身を向き直させた。
「お前、其の若さで何て商売してるんだ。親は知っているのか?」
眉間へ皺を寄せ訊ねる時雨へ、青年は煩わしそうに又溜め息混じりに口を開く。
「知らないと思いますよ。捨てられたので」
返ってきた声は軽いが、其の言葉は何とも重いもの。時雨も溜め息を吐く。
「……幾らいるんだ」
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