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青年は、そんな時雨の問いに目を輝かせた。
「八千圓(えん)で!兄さん男前だし、何でもするよ」
呼び込みの色子には、平均的な価格である。悪徳とも思えぬもので、時雨は呆れた様な表情で懐を探り、財布を取り出すと青年が口にした分の金子を青年へ手渡した。
「持って行け」
掌の金子を笑顔で確認し、大切そうに懐へしまうと、上機嫌で時雨の腕を掴む青年。其の笑顔は、やはり美しく可愛いらしさも見えた。
「じゃあ、何処か……!」
誘いを掛ける青年の手を、時雨は静かに離させた。
「構わん、もう行け。後、春を売る以外に何か他を探せ、まだ若いんだからな。天職とは其々だが、お前は其れに誇りを持ってやってる様には見えないぞ」
等と言われた青年は、先程迄満面の笑顔であったと言うのに、眉間へ皺を寄せている。
「説教ですか?……綺麗な金持ちって面倒ですね。理由無く金は受け取れません、お返しします」
気分を害した青年は、先程懐へとしまった金子を時雨へ突っ返そうとするが、時雨は其の手を押し返した。
「誰かに説教出来る身分とは、気分が良いのでな。其れは説教代だ。じゃあな」
早々に背を向けた時雨は、足早に立ち去ろうと足を進めた。
「あっ、待って……!」
呼び止める青年の声も無視である。青年は金子を手に、暫く呆然としていたが溜め息を吐き、手に在る金子へ目を向けた。腑に落ちない、妙な感覚だと。何もせずに、容易く金子を手に入れたと言うのに、気が晴れない。小さく舌打ちをした後、青年は再び人の群れに紛れ、流される様に足を進めたのだった。
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