苦労人。

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 人混みに流れ、青年が辿り着いたのはある芝居小屋の裏口。其の周辺はえらく賑わっていた。其れも其の筈、本日は此の芝居小屋が改装されてから初の舞台公演。一級の要人、帝と后妃を迎えての初日なのだ。煩わしそうに眉を顰めながら、端役者が集う粗末な楽屋へと入った青年。其れに気が付いたのは、端役者仲間である一人の青年。転がっていた身を起こし、笑顔を見せた。年の雰囲気は、同じ頃。 「紫苑、今日はどうだったよ?」  紫苑と声をかけられた青年は、先程の不満を思い出す。そして、懐にある金の重みに溜め息を漏らした。 「駄目だね。引っ掛からなかった……蘇芳は?夜か?」  言いながら、役者仲間の青年の隣へ腰を下ろす紫苑。 「ああ、夜にするよ。今の時期、昼間は汗かくし」  蘇芳と呼ばれた青年は、そう答えながら再び寝転んだ。  彼等は、此の劇団で支持を貰えぬ端役者。器量は良いが、金に困った親に捨てられた者が殆ど。其の中で、運が良ければ此の都で支持を集め一端の役者となれるが、稼ぎにならぬ役者はとにかく寝床と飯代位は稼がねばやってられない。なので、そう目立てぬ者は只日々食う為に余所で働いている。其の術は様々だが、実入りが良い事、手っ取り早い、器量の自信もあって大体の者が春を売るのだ。其の為に、都を出て出稼ぎする者も。座長は法的柵が在る為、強要こそしないが此方も慈善が出来る程余裕があるわけではない。やむを得ず見て見ぬ振りといった処か。
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