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第一話-1 寝起き
第一話
好きと嫌いは紙一重とか、
嫌いは好きの始まりとか、
三つ子の恋は百までとか
そんな感じの、ユルいお話のはじまりはじまり
☆☆☆
「なでしこちゃん、ともえちゃん、けっこんおめでとー!」
おともだちみんなが、こえをそろえて、おいわいしてくれました。
「「みなさん、ありがとう!」」
なでと、ともえちゃんは、こえをそろえておれいをいいました。
「はいはい、それじゃあ二人とも座ってー。はい、ここに二人でお名前書いてね。これはね、婚姻届って言って結婚しますっていうお約束の紙なのよ。お名前じょうずに書けるかなー」
「「はーい」」
なでのおかあちゃんと、ともえちゃんのママが、にこにこわらっています。なでとともえちゃんは、じゅんばんになまえをかきました。
「はーい、よく書けました。じゃあ、次は誓いのキスをしまーす」
なでとともえちゃんは、たちあがりました。ともえちゃんは、とってもかわいいです。なでとおそろいのまっしろなどれすが、とてもよくにあってます。
「えへへ、なでしこちゃん、そのドレスよくにあってるよ。かわいいね」
なでがゆおうとおもったことを、ともえちゃんがさきにゆってくれました。
「ともえちゃんもとってもかわいいよ」
「ほんと? うれしー。なでしこちゃんだいすき」
「なでもともえちゃんだいすき」
「じゃあ、んっ」
ともえちゃんがめをつぶりました。なでもめをつぶって、ともえちゃんにおくちをちかづけていきました。
「「んーっ……」」
☆☆☆
ピピピピピ……と、時計のアラーム音が朝の訪れを告げる。
あたしは眠気の抜け切らない頭で、白い天井をボーっと眺めながら、たった今見たばかりのシーンを思い返していた。
ああ、またあの夢……。これで何度目、いやもう何百回目だろうか。
あれから何年も経っているというのに、あの時の光景は、今でも昨日の出来事のように鮮明に蘇ってくる。
「大好き」と笑いかけてくる、あどけない笑顔。目を閉じても間近に感じた、甘い息遣い。マシュマロのような唇の感触……。
最悪だ。
「あー首吊りてー」
朝の第一声としては最低すぎる言葉を吐き出しながら、ボリボリと頭を掻く。このセリフも、もう何百回吐いたことやら。
「はぁーあっと。シャワーでも浴びて気分変えよっと。ん?」
アクビなのかタメ息なのか、自分でもよくわからない。大きく息を吐きながら起き上がろうとしたあたしは、ふと妙な気配を感じて、布団にかけた手を止めた。
チラリと横を見る。そこに、にこやかに微笑む巴絵の顔があった。
「おはよう撫子。起きた?」
「何してんだてめえ!」 ドカッ!
「へぶっ」
渾身のキックで、ベッドから制服姿の巴絵が転がり落ちた。
「痛ったーい。何すんのよ、もお」
「こっちのセリフだ! 勝手にあたしの布団にもぐり込んで、何やってんだよ!」
「何って、あなたを起こしに来たに決まってるじゃない。でも、あんまり気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのがかわいそうになっちゃってね。
仕方がないから、隣で寝顔を見ていたのよ。うふっ」
ベッドの下で逆さになったまま「うふっ」と小首を傾げる巴絵。
この笑顔だけで、ごはん三杯は軽くいけるという男子は、校内で百人を下らない。
「うふ、じゃねえ! パンツ丸見えでそんなことして可愛いと思ってんのか!
だいたい、何で起こしに来た奴が一緒に布団に入ってんだよ!」
「ええー、撫子がそうしろって言ったんじゃない」
「言ってねえ!」
「うそ。だって、こないだ布団の上に乗って寝顔を見ていたら、二度とやるなって言ったでしょ? だから今日は横からにしたのよ」
「上とか横とか、そういう問題じゃねえだろ!
だいたい、あん時はなあ。お前が四つん這いで布団を押さえてたせいで、あたしはずっと金縛りにあった夢を見てたんだぞ!
その上、うなされて目覚ましたら、目の前にハアハア言いながら涎たらしてるお前の顔が迫ってるとか。あれ、ほんっとに怖かったんだからな!」
「何よ、私だって大変だったのよ。寝顔にキスしたいのを必死で我慢していたんだから」
「黙れド変態! とにかくっ!」
目の前にそびえ立つ、むき出しの長い両脚の付け根に、ビシッと指を突き付け。
「とっとと仕舞えよ! その青のシマシマ!」
すると巴絵はすっくと立ち上がり、腰に手を当てて「ふんっ」と胸を張った。
巴絵のお得意のポーズ。長身でスタイル抜群の巴絵がやると、実にサマになる。
サマになるのはいいのだが、目の前でそれをやられると、あたしはその巨大なおっぱいを、顔面に突き付けられる恰好になるのだった。
ムカッ。
しかも、巴絵がフンっと胸を張った拍子におっぱいがブルンと揺れたせいでおっぱいに視界を覆われているあたしはおっぱいの動きに目を釣られそのうえ右のおっぱいと左のおっぱいが上下左右にぐるんぐるんと暴れ回るものだからそのおっぱいと一緒にあたしの両目もぐるんぐるんと回って一瞬にして平衡感覚を失い、ベッドの上でひっくり返りそうになった。
「ううっ……」
おっぱいに酔った。
ちなみに、このおっぱいでごはん十杯はいけるという男子は、二百人を下らない。
「だって、どうせ見るならすぐ近くで見たいじゃない。あなたの取り柄なんて見た目だけなんだから、いいでしょ別に?」
「やかましい! 引っ込めこの馬鹿おっぱい!」
あたしは目の前の肉まんじゅうを、思いっきり鷲づかみした。
「あふンっ! て、何すんのよこのクソチビ!」ドゲシッ!
「ばほっ」
巴絵が一瞬嬉しそうな声を上げてから放ったキックが、顔面に炸裂し、小柄なあたしの体は一撃でベッドの反対側まで吹っ飛んだ。
「フーッ」
巴絵が片足立ちの姿勢のまま、息を吐く。
物心ついた頃から習い続けている空手の技が全身に沁みついた、一分のブレもない見事な構えだ。
「まったくもお、何かっていうとすぐ胸を触ろうとするんだから。あんた、最近ちょっとしつこいんじゃないの?」
だが、あたしは返事を返さない。
「ねえ撫子ったら、聞いてるの? って、あら?」
返事など返せるはずがない。なぜなら、その時あたしはベッドの下で白目を剥いて気絶していたからだ。
だから、その後巴絵が慌てて駆け寄り、抱き起してくれたことも、
「ねえ、大丈夫? 撫子しっかりして」
と、優しく声をかけてくれたことも、
「おーい、起きてよー。遅刻するよー」ペシペシペシ……。
と、往復ビンタをかましてくれたことも、
知らないんだよ!
この馬鹿おっぱい!
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