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(〇二)
仁美の住むワンルームマンションは、福島区にあるというので、一七六号線を南へ向かった。
阪急電車の主要駅の一つである十三を左手に見ながら、十三大橋で淀川を渡り、最初の交差点である中津浜を右折し、なにわ筋に入る。
更にそのまま直進すると、JR環状線の福島駅が見える。
仁美のワンルームマンションは、この辺りらしい。
この道すがら七美が助手席から、
「不動さん、去年まで刑事さんやったんですよね?」
と、質問してきた。
「そうや」
俺は短く応えた。
「なんで、辞めはったんですか?」
と、七美が顔を少し俺の方に向けて訊く。
しっかりした上に、意外と図々しい女やな……
「気になるか?」
俺は無愛想に応えた。
「そりゃ、気になりますよ。刑事から探偵やなんて、ドラマチックやないですか」
「ドラマチックねえ……」
しっかりした上に、図々しく、その上、ミーハーらしいな……
「辞めた理由、教えたりましょか?」
と、俺は口元だけ笑って言った。
「はい」
「これや」
そう言って俺は、左手でパンッと腹を叩いた。
「はい?」
「この腹、この丸い体型。似たような体型した他の連中は知らんけど、俺はこの体型で刑事続けるんがしんどくなったから、辞めたんや。刑事ってな、肉体労働やさかいな」
俺はそう言ってケラケラと笑った。
いつの間にか俺は、敬語を使うのを止めていた。
七美はポカンとしていたが、
「ほんまに、それが理由なんですか?」
と、訊いた。
「せや、ドラマチックやろ?」
俺は再び笑った。
「そんな理由で公務員辞めるやなんて、不動さん、変です」
と、七美がむくれるように言った。
「人が仕事辞める理由なんて、そんなもんやで。特に俺より若い世代の中には、もっと下らん理由で辞めとる連中もおるしな」
「それは、そうですけど……」
七美は納得出来ない感じで返事をした。
「でも、不動さん。探偵も肉体労働やないんですか?」
と、七美が訊く。
「そうやな。せやけど、俺の場合は個人事務所やさかい、自分のペースで働けるから、しんどないと思うで」
「そうなんですか」
七美が不思議そうに言った。
「ところで……」
と、俺は話題を変えることにした。
「お姉さんって、どんな人や?」
「どんな……って、さっき写真渡しましたよね」
俺は事務所を出る前に七美から借りた仁美の写真を思い浮かべた。
七美によると、その写真は一年近く前のもので、さすがに姉妹だけあって二人は似ていたが、仁美の方がやや細面で眼も少しキツめの感じがしており、化粧映えのする顔をしていた。
「容姿やない、性格や」
と、俺は言った。
「そうですね、どちらかと言えば、控えめやと思います。あんまり自己主張はしない、でも、一度言ったことや決めたことに関しては、決して譲らないとこもあります」
控えめな頑固者か……
えらいややこしい性格しとるな。
「趣味とかは?」
「映画とかは好きですね」
「お姉さんの一人暮らしはいつからなんや?」
「短大出てすぐです」
「すると、八年かそこらになるわけやな」
俺は呟くように言った。
やがて、仁美の住むワンルームマンションの前に到着した。
七美は当然、部屋の鍵を持っていないが、事務所を出る時に、あらかじめ管理会社に事情説明の連絡してくれていたおかげで、待ち合わせしていた管理会社の担当者とは、七美の身元確認だけで、マスターキーを受け取ることができた。
俺と七美は仁美の部屋へ入った。
ワンルームにしては、室内はわりと広い。
一人暮らしの女性のことはよく知らないが、少なくとも仁美は几帳面な性格なのか、綺麗に片付いている。
壁には猫のカレンダーがかけられており、シングルベッドの他には、小さな白い丸テーブルと椅子が二脚、テレビや引き出し付きの本棚、ノートパソコンとそれに接続されたハードディスクとプリンターが置かれているパソコン机があり、カレンダーと向かい合った場所に、備え付けのクローゼットがある。
俺は本棚やその引き出し、クローゼットの中など、室内をざっと見たが、これと言って得るものは無かった。
ちなみに、手紙や葉書などの郵便物の類いは、後で吟味するために脇にどけた。
俺は少し首を傾げた。
そんな俺の様子に、
「どうしたんですか?」
と、七美が訊いた。
「いや、写真やアルバムみたいのが無いな思てな……お姉さん、写真嫌いなんか?」
「そんなことは無いですよ。多分、ケータイにあるんやないですか?」
言われてみれば、俺もスマホで撮影してそのままである。
俺はパソコン机に向かい、ノートパソコンの電源を入れた。
一人暮らしの安心感からなのか、パスワード入力による起動ではなかったようで、普通にトップ画面が出た。
俺はファイルマネージャーを開き、保存ファイルで参考になるものがないか確認した。
ハードディスクのドライブにあるフォルダの中で、“二人”というフォルダ名があったので、開いてみる。
フォルダの中には、かなりの数の画像ファイルがあった。
画像ファイルを開くと、そこには仁美と若い男が互いに笑顔で寄り添うように、バストショットで写っていた。
男は二〇代半ばで、少し陽に焼けた感じで髪は短く、面長だが野性的な二枚目に見えるが、かけている縁なし眼鏡が、知的な二枚目にも見える。
俺は七美と顔を見合わせ、
「この男、知ってる?」
と、訊いた。
七美は顔を横に振った。
俺は次の画像ファイルを見た。
今度は男が仁美の頬にキスをしていた。
「ありゃま」
と、俺。
「わぁ!」
と、七美。
「君の姉さん、彼氏がいるみたいやな」
「……みたい、ですね」
問題は、この男が何者かだ。
俺は他の画像も見てみたが、全て仁美と同じ男が写っていた。
俺はフォルダを閉じて、インターネットソフトを立ち上げ、仁美の閲覧履歴を見た。
インターネットの閲覧履歴というのは、その人の性格や生活が反映されているものだと俺は考えている。
閲覧履歴の殆どは、ネットショッピングや面白動画のサイトなどが、一つだけ、気になるサイト……というより、ホームページがあった。
鎌田システムエンジニア株式会社。
この会社のホームページが何度か閲覧されていたのである。
俺もそのホームページを立ち上げてみた。
会社概要を見ていると、どうやら、企業向けのシステムの開発や管理の会社のようである。
俺は適当にホームページを流し見していたが、ある場所で手が止まった。
「不動さん、これ!」
と、七美が驚いた声を出した。
俺たちが見たのは、鎌田システムエンジニアの役員紹介ページに、仁美と一緒に写っていた男の写真が掲載されていたのである。
男の名は鎌田省吾、二五歳。
鎌田システムエンジニアの社長、鎌田省三の息子で取締役専務とあった。
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