(〇三)

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(〇三)

 仁美の部屋を出た俺は、鎌田システムエンジニア株式会社に行こうと思ったのだが、その前に、仁美の部屋の近隣住民に、聴き込みをかけることにした。  一件目は仁美の右隣の部屋を訪ねた。  表札には“中井拓己”とある。  出て来たのは、三〇歳前後の男性で、寝てたのか、物凄い寝癖に膝までの短パンに白のシャツ姿だった。  中井は身長は一七〇はあるのか、やや俺を見下ろすかたちで、不機嫌な声で返事をしたので、俺は愛想笑いで用件を伝え、何か変わったことを見たり聞いたりしなかったか質問した。 「変わったことねえ……」 「どんな些細なことでもええんですけど」 「そう言えば、どんくらい前か忘れたけど、いつかの夜、玄関先で男の人と話しとるのを見たわ」 「男? 顔は見た?」 「いや、ドアの影に隠れて見えんかった」  その時、 「私、見たわよ」  と、俺と七美の背後から若い女性の声がした。  見ると、その女性は七美と同じぐらいの年齢だが、クールビューティーといった美人で、身体にピッタリした丈の短いノースリーブの青のワンピースを着ていた。  ナイスバディだ。  俺が一瞬、その女性を見とれていると、七美が俺の足を軽く踏んだ。 「いてっ!」  俺が飛び上がると、女性が不思議そうな顔をした。  俺は何でもないと言い、七美を睨み付けてから、 「顔、見ました?」  と、質問した。  女性は頷き、 「答えてもいいけど、あなたたち、誰なん?」  と、質問した。  俺と七美は自己紹介をして、事情を説明した。  すると、中井が、 「顔、見た人がいたんやったら、もうええやろ」  そう言って、さっさと部屋に入ってしまった。 「愛想悪いでしょ。あの人、ヲタクなのよ」  と、女性は言って、自己紹介してくれた。  名前は大原沙紀と言い、仁美の左隣に住人だった。 「顔見たって言いましたよね。ひょっしてそれ、この人やろか?」  と、俺は仁美のノートパソコンから俺の携帯に送信した、彼女と鎌田の写った写真を見せた。  しかし、大原は首を横に振り、 「違うわ」  と、答えた。 「違う?」 「こんな若くないよ」 「ほな、もう少し歳上ってこと?」  大原は頷き、 「三〇はいってると思うわ。なんか陰気臭い感じの人やったよ」  と、答えた。  大原の説明によると、中肉中背で髪はやや天然パーマがかかりぎみ、少しばかり痩せた感じで、服装はそんなにいいものではないが、清潔感はあったという。 「顔見たら、わかります?」 「わかるわかる、私、客商売やから、顔覚えるの得意やし」  大原は自分は十三のスナックで働いてると言った。  俺は七美に、大原の言った人物像に心当たりがないか訊いてみたが、 「ないです」  との答えだった。 「それで、その男、いつ頃見ました?」 「えっと、ゴールデンウィークが終わった直後ぐらいやから、二週間くらい前やろか」 「見たのはその時だけ?」 「私はね。中井さんはどうだか知らないわよ」 「その時の二人の様子はどないでした?」 「さあ……少なくとも、楽しそうな雰囲気やなかったことは確かやわ」 「ほな、ケンカしてたとか?」 「そんな感じでもなかったよ。ただ、話し込んでただけ……」  大原はそう言って、少し考えた後、 「でも、どちらかと言えば、男の方が何か多く喋ってる感じで、江森さんは、それを真剣に聞いてるって感じやった気がするわ」  と、答えてくれた。  やがて大原が約束があると言って話を切り上げたので、俺は作りたての名刺を渡し、何かあれば連絡してくれるようお願いして、彼女を解放した。  俺がニコニコして大原の後ろ姿を見ていると、 「不動さんて、ああいう人がタイプなんですね」  七美がそう呆れながら言った。 「ほっとけ」  俺は足を踏まれた文句を言おうと思ったが、七美には言い負かされる気がしたのでやめた。  そして、俺は再び、中井を呼び出した。 「なんや、もう」  中井はさっき以上に不機嫌だった。 「仁美さんとおった男のことなんですけど、見たのは一回だけ?」 「さあ、どうやったかな」  と、中井はめんどくさそうに答えた。 「思い出してくれへんやろか?」 「二週間ぐらい前に見た、一回だけやと思うわ」 「間違いないやろか?」 「仕事から帰ってすぐやったか知らんけど、江森さん、スーツ姿やったのは覚えとるから、ゴールデンウィーク明けてからなんは確かや。ゴールデンウィークやったら、みんな休みやろうしな」  すると、大原が見たのと同じ日だ。 「もうええか?」  中井の態度にぶん殴りたくなる衝動を抑え、笑顔で名刺を渡し、大原と同じことを言った。  しかし、中井はみなまで聞かず、ドアを閉めてしまった。  そこで、俺はあることに気付き、七美を見た。 「なあ、お姉さん、ゴールデンウィーク中は、高槻に戻ったりしたんか?」 「いえ、色々用事があるとかで、帰って来てません」 「用事てなんやろ? 聞いてるか?」 「さあ……」 「仕事はあったんやろか?」 「それは休みやと聞いてます」  すると、仁美はゴールデンウィーク中、何をしとったんや?  デートか?  そう言えば、さっきの鎌田との写真の撮影日は、先月の末頃の日付だった。  となると、ゴールデンウィーク中に、仁美が鎌田と会っていたのは間違いない。  あと、下衆な勘繰りをするなら、あの写真を額面通り、恋人同士の写真だとしたら、仁美の家を訪ねて来た男は別れた彼氏だろうか……  俺と七美はこの後も、何件か聴き込みに回ったが、土曜日とはいえ昼過ぎという時間だからなのか、殆どの部屋が留守で、今以上の収穫は無かった。  次は鎌田システムエンジニア株式会社だ。  ここから先は、俺単独の仕事なので、七美と別れようとしたのだが、彼女は仁美の写真のことがあったので、俺について来ると言った。  しかし、俺は頑として拒否した。  それでも七美は、 「鎌田って人の顔、直接見て、私から訊きたいんです」  と、これまたしつこく言った。  しかし、こればかりは俺も譲れない。 「あんな、そないに言うんやったら、俺は降りるで」  このセリフが効いたのか、七美はようやく渋々だが、俺の言うことに従った。
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