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柳生十兵衛 対 木曾義仲
あの世では、毎週金曜日の夜八時に「地獄プロレス」が放映されている。
プロレスと銘打っているが、実際には歴史上の武将や剣豪らによる熱き異種武術戦だ。
「年代」という時間も「国境」という空間も飛び越えて、今宵も強者どもが、己の誇りと信念を懸けてぶつかりあう。
“赤コーナー、柳生三厳、通称は十兵衛〜!”
レフェリーの紹介と共にリング上で右手を高々と挙げたのは、隻眼の剣豪、柳生十兵衛だ。
今宵の彼は、稽古袴姿でリングに上がっていた。剣術や杖術、忍術まで身につけている彼は、徒手空拳での「無刀取り」も売りにしている。
“青コーナー、木曾義仲ー!”
「うおー!」
義仲はタンクトップを引き裂き、たくましい上半身を露にした。背は高く筋骨隆々、甘いマスクは女性人気が高い。
イケメンなマッチョといった義仲、その目には純粋な闘志が宿っている。
「……勇士だ」
十兵衛は左の隻眼を細めた。今日に伝わる木曾義仲そのままだ。
好ましい人物ではあるが、都の人間には不評であった。彼は貴族の社会を知らぬがゆえに滅びた。潔癖でありすぎたかもしれぬ。
「義仲様ー!」
リングサイドから声を張り上げるのは、義仲の愛妾として知られる巴御前だった。
ーーカァーン!
試合開始のゴングが鳴った。
今宵は十兵衛も義仲も素手だった。
十兵衛は右へ右へと僅かに身を移しつつ、義仲へ攻めこんだ。
「む!」
義仲がつかんでこようとする手を払い、十兵衛は彼の左太股へローキックを放つ。
更に一発、二発。
素早い攻めだが体格に勝る義仲には、さほど効いた様子もない。
「オラ!」
義仲の右フックを十兵衛は体を沈めて避けた。
と同時に、彼は義仲の右手首を左手でつかみつつ、股下へ滑りこむ。
“う、浮いたー!”
アナウンサーが叫んだ時には、義仲の巨体が前方へ背中から落ちた。
十兵衛は義仲の股を潜って、背後へと回りこんでいた。
後世の柔道における「球車」であった。
これは足元に何かが落ちて来ると咄嗟に避けようとする、人の本能的な生理を利用した技だ。
十兵衛は義仲の背後から首に裸絞めをしかけんとした。
が、それより早く義仲は振り返り、立ち上がりざまにその豪腕を振るった。
“源平ラリアット〜!”
場内が沸いた。義仲の強烈なラリアットで、十兵衛は後方へ吹っ飛んだのだ。
いくら体重差があるとはいえ、両腕でブロックした十兵衛を吹き飛ばす義仲の源平ラリアット。その破壊力は一級品だ。
“これは早くも試合決着かあ〜!”
「……まさかな」
倒れていた十兵衛は素早く起き上がった。息が詰まりそうな衝撃に体が悲鳴を上げているが、それでも尚、十兵衛は勝機を得んとする。
“義仲のビッグブーツ炸裂う〜!”
粗削りながらも破壊力は十分な義仲の前蹴りを、十兵衛は両腕でブロックした。
そのまま十兵衛は、足を乱しながら後退していく。
その先にはロープが待っていた。
“あーと十兵衛、ロープにはねかえってえ!”
再度、場内が沸いた。十兵衛は義仲の前蹴りの威力とロープの反動を利用して、跳躍した。
そして矢のような鋭い蹴りを放った。
“三角飛び〜!”
アナウンサーのみならず、場内が沸き上がっていた。
十兵衛反撃の三角飛びをブロックした義仲の体がよろめいた。
リングに着地した十兵衛は、微笑を浮かべている。
体勢を整えた義仲も、汗に濡れた顔に微笑を浮かべていた。
リングサイドでは、巴御前が義仲の勝利を信じる微笑を浮かべ、場内は大歓声に包まれている。
熱い戦いはまだ始まったばかりだ。
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