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守る為に戦う
何のために生き、何のために死ぬのか。
生前の十兵衛は何のために生きていたか。
彼は守っていたのだ。江戸を。江戸の人々を。
そのために命を懸けていた。学んで身につけた兵法は、そのためであるように思われた。
そして歴史を紐解けば、彼と同じく守るために戦った男が在るーー
地獄プロレス、その会場。
今宵も古今東西のもののふがリングに立つ。
そして挑む。己の全てを懸けて。
勝ち負けにこだわることなく、自分の全てを振り絞る事に充実を見出ださんとす。
「ーー!」
柳生十兵衛三厳は試合が開始されるや否や、無言で武蔵坊弁慶に攻めこんだ。
鋭い下段蹴りが弁慶の左太股に炸裂した。が、弁慶に効いた様子はなかった。
「そんなものかあ!」
弁慶が両手を広げて十兵衛に組みつこうとする。
十兵衛は素早く身を屈めつつ、弁慶の股ぐらに右手を差し入れた。
「おう!」
次の瞬間、弁慶の体が前方に一回転し、背中からリングに落ちた。
十兵衛がしかけた「球車」の妙技が決まったのだ。
三船十段考案のこの技は、足元に何かが飛び出してくると咄嗟に避けようとする人間の本能を利用したものだ。
弁慶が僅かに身を浮かせた「機」をとらえ、十兵衛は弁慶を前方に転がしたのだ。
「おのれ!」
弁慶、顔が笑っている。
球車で転がされてさえ、まだ余裕綽々だ。大抵は何が起きたかわからず、投げられた衝撃に悶絶するのだが。
十兵衛の内心は冷えていた。
「ふん!」
踏みこんだ十兵衛、渾身の右フックーー
飛び込んだ勢いに全体重を乗せたハンマーフックだ。
それを胸元に受けて、流石の弁慶もよろめいた。
次いで放たれた十兵衛の左ショートアッパーが、弁慶の右脇腹を打つ。弁慶の注意が一瞬向けられた途端に、
「おあああ!」
十兵衛は右膝蹴りを弁慶の左脇腹に叩きこんだ。
観客達が沸き返るほど鮮やかな連携技、そして重く鋭い膝蹴りーー
だが十兵衛の内心は更に冷えた。右膝に伝わってきたのは、タイヤのようなぶ厚い弁慶の筋肉だ。
唖然として気を取られた十兵衛の横っ面に、弁慶の張り手が飛んでくる。
その一打に十兵衛の体が吹っ飛んだ。
倒れこそしなかったが、十兵衛は大きくよろけ、ロープに背を預けて身を支えた。
“イッツ・ボーナスターイム!”
「なんだボーナスって……」
顔をしかめながら苦笑する十兵衛の前方、リングの中央に、天井から落ちてきたものが突き刺さった。
それは十兵衛愛用の「三池典太」と脇差し、更には弁慶愛用の大薙刀であった。
地獄プロレスでは、しばしばこのような演出がされている。
体力回復の食べ物や、五体が吹き飛ぶほどの破壊力を秘めた爆弾(時限式)などが投げこまれる事もあり、地上のプロレスとは比較にならぬバラエティーさだ。
「ぬおおおー!」
大薙刀を手にした弁慶は、頭上でそれを振り回す。
重い刃が空を切り裂く迫力に歓声達の興奮はマックスだ。
「それでこそ弁慶!」
汗に濡れた顔の十兵衛も不敵な笑みを浮かべて、大小の二刀を手に取った。
左手に握った脇差しを弁慶に突きつけ、右手の三池典太を上段に振りかぶる十兵衛。
剣気全身に満ち、無心になっている。
「何を守ってきたのか見せてもらおう!」
弁慶は大薙刀を構えて、不敵に笑った。彼は主たる義経を守るために命を懸けてきた。
「捨身必滅(しゃしんひつめつ)…… 柳生の剣を見るがいい!」
十兵衛も充実の笑みを顔に浮かべていた。
彼は江戸を守るために命を捨ててきたのだ……
観客の歓声に会場は熱気の渦に包まれた。
十兵衛と弁慶、二人の勝敗は刹那の間にこそ決するだろう。
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