彼女が過ごす、最後の時間

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重い瞼を開けると、最初に目に入ったのは真っ白な天井だった。 「いたた……あら?私、どうしてこんな所で寝ているのかしら?」 枕も布団も敷かれていないただのフローリングの上で、どうやら私は仰向けになって寝ていたらしい。 「そもそもここは……何処、かしら?」 どこか落ち着く場所ではあるけれど、記憶には無い知らない部屋。 いや、そもそも私は今まで何をしていたのだろう。 いや、何をしていたというか。これまで何をしてきたのだろう。 何処で生まれて、誰と一緒で、どんな場所に住んでいて、今この時までどうやって生きてきたのだろう。 「う~~ん?」 分からない。 何も思い出せない。 唯一思い出せることと言ったら、私の名前が足立美奈子(あだちみなこ)という名前で、三十歳という事だけだ。 「もしかしてこれって所謂……記憶喪失というものかしら!そうだとしたら凄いわぁ~!本当に何も思い出せないのね!まるでこれから私の物語が始まっていくようで、なんだか少しワクワクしちゃうわぁ~」 なんて。物語の主人公にでもなった気分で浮かれちゃっていたけど、現実はそんな甘いわけないわよね。 実際、これからどうすればいいのかもわからない訳だし。 それに、この部屋がもし知らない人の部屋だったら、不法侵入で通報されかねない。 「う~~ん。とにかくこの部屋を出るしかないかしら……」 なんて言いながらも、何故か危機感をあまり感じない私は、とりあえずリビングをぐるりと一周して見て回る。 「お洒落なダイニングキッチン。まるでカフェに来たみたいで私好みだわ」 しかも三十二型のテレビに、二人で座れる茶色のふかふかソファ。その隣にはクマのぬいぐるみが置いてある。 あれもこれも全部私の好みだ。 「記憶は無くても、自分の好みは自然と分かるものなのね」 部屋にあるありとあらゆる物に目が行ってしまう。その中で、私は一つの物に目を奪われた。 「これは……」 タンスの上に置かれていた少し小さめの木箱。 その上はガラスになっていて、覗き込めばすぐに中身が見えた。 「腕時計?」 薄ピンクの可愛らしい腕時計。 そっと手に取ると、傷一つなく、まるでまだ新品のようにも見えたが。時計の針は三時を指したまま止まっていた。 「これ確か……痛ッ!!」 突然襲い掛かる頭痛と、眩暈。 何かが思い出せそうで、思い出せない。 「痛い、痛い~~!!」 痛みにもだえながら、私は見てしまった。 腕時計の針が、逆方向に回り始めるのを。
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