彼女が過ごす、最後の時間

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「やだ!なにこれ」 グルグルグルと勢いよく逆方向に回り続ける腕時計。 その異様な光景に少し気持ち悪さを感じていたが、ピタリと止まった途端。目の前に映し出された光景にその感情は一瞬で消えてしまった。 「これって……」 時間は一時四十分。日付は三日。 目の前映るのは、この部屋に入るなり「新築だわ!」と言いながらはしゃぎ回る私と。隣で笑う旦那の真一(しんいち)が立っていた。 「そうよ。ここは私達の部屋!愛しい旦那。真一と一緒に住んでいる家よ!」 どおりで、私好みの物ばかりが置かれてあったわけだわ。 「そしてこの腕時計は、旦那から初めて貰ったプレゼント!どうしてこんな大事な事忘れていたのかしら!記憶喪失って怖いわねぇ」 私にとってとても大事だった記憶が戻って来て、少し不安だった心は一気に晴れていく。 今まで誰とも分からない知らない部屋だったのも、今では自分の家だと分かったおかげで、のんびりくつろいでしまうほどの余裕が出来た。 しかし、気になる事が一つ。 「さっきの映像は一体なんなのかしら……」 まるで昔撮ったビデオでも見ているような感覚だった。 原因と言えば、多分この腕時計。 今は一時四十分で止まっている。日付も三日のままだ。 「確かこの家に来た日は、四月三日。時間までは覚えてないけれど……もしかして」 咄嗟に私は、壁に貼り付けてあったカレンダーの年月を確認した。 「二千十四年。そして四月三日。この家に引っ越した日だわ」 ってことは、やっぱりさっきのは。 「この部屋で起きた、過去の映像が流れたってことかしら」 けど、そんなこと普通は絶対有り得ない。 きっと誰に言っても信じてもらえない話だ。だって私自身信じられないんだもの。 けれど、こういうファンタジーみたいなの実は嫌いじゃない。寧ろドキドキしてきて、ちょっと楽しい。 「きっとこの腕時計が原因よね!またグルグル~~ってならないかしら」 ワクワクしながら時計を色々弄くってみるが、どうしてか針は止まったまま動かない。 「う~ん。どうしたらいいのかしら」 とか言いながらも、なんだか喉が渇いてしまったので、私は自分のマグカップを手に取った。 だがその瞬間。 針は再びグルグルと回りだし、ピタリと止まった。 時刻は十二時。日付は二十三日。 テーブルの上にはお揃いのマグカップが二つ。その中に注がれるのは温かいコーヒーと甘いココア。 私がコーヒーを、真一がココアが入ったマグカップを手に取って、一緒に飲みながら休日の朝をのんびりと過ごす。 そんな映像が流れて、そしてまた一時停止を押されたようにピタリと止まって消えていった。 「そういえば真一ってコーヒー飲めなかったのよねぇ。顔も男の人にしては可愛らしい方だったけど、中身も可愛かったのよねぇ~。でもそんなところが好きだったわ」 映像を見る度、愛しい想いがどんどん込み上げてくる。 今すぐ映像じゃない本物の真一に触れたい。抱きしめたい。 「ん?そういえば、あの人は一体どこにいるのかしら?」 もしかしたらまだ寝ているのかもしれないと思った私は、寝室へ向かい。真一と一緒に寝ているベットを覗き込んでみた。 けれど、彼の姿はない。
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