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6反 文明の萌芽
授業というものには、大きく分けて二種類ある。
実技と、座学だ。
ここ、王立魔術学院の農業科においても、農作業を行う実技だけでなく座学の授業がある。
農業を研究するにしても、作物の種類やその育て方、作業の進め方にその意味、利点、問題点、実情、疑問点……色々なことを知らなければならない。
闇雲に種を植えても育つとは限らないのが植物だ。ちゃんとした知識を身に着けたうえで農業を発展させていくべきである。
……というのが、先生がよく力説している言葉だ。
それはともかく、実技と座学では大きく異なる部分がある。
それは、『文字』を読む必要があるかどうか、だ。
「それじゃあアグリ、これは読めるか?」
「うえ、と……つ、つい、つち、土? ええと、土、に、ため、を、うえる?」
「惜しいな、正解は『土に種を植える』だ。ふむ、まだこの程度か」
そっか、種を植える、か……言葉は知っているのに、文字になっているとさっぱりわからない。
席に座ってうなだれる。本当に、なんでこんなもの覚えなきゃいけないんだ……
「事前に通達していた通り、今日はこの一ヶ月の実習について、各自レポートにまとめたものを発表してもらう」
僕がこの学校に通い始めてから早くも一ヶ月が経とうとしていた。今日は僕が来てから始まった実習の振り返りをすることになっている。
ただ……
「この通り、アグリはまだまだ文字をほとんど習得してはいない。よって、レポートどころか日記すら書けないし、読むことすら困難だ。なので、各自レポート内容を音読してもらう」
そうだった、文字は読むだけじゃなくて書けるようにならなきゃいけないんだった。
教壇に立ちながら少し偉そうに授業を進行させているのは、農業学科唯一の教授である先生だ。
……そういえば、名前なんだっけ? もしかして、聞いたことない?
いつものように、線の細い顔立ちや身体に似合わず、何事にも動じなさそうな雰囲気で教鞭を振るっている。
まるで月明かりを紡いだように綺麗な髪の毛なのに、相変わらず伸ばしっぱなしで放置しているようだ。ちょくちょく鬱陶しそうに掻き上げたり、適当に紐で括ったりしている。
「ううむ、そろそろ普通の読み書きくらいできるようになっていると思ったんだがな」
先生がポツリと呟く。
そうか、そういうものなのか……やっぱり文字も学ばずに育って、旅暮らしの中でも必要ないからと数字と自分の名前ぐらいしか憶えなかった僕みたいな人間はここにいちゃいけな──
「そんなの、無理にきまってるじゃない! たったの一ヶ月よ?」
農民らしくこのまま土に還ろうかと思っていたら、フルートさんが助け舟を出してくれた。
「え、そ、そうなの? てっきりお貴族様は文字書きなんて勉強せずとも自然と身に着くものかと思ってた」
「違うわよ! あんたと同じで、勉強しないと書けるようにならないわ。……まあ、普通は小さな子どもの頃から家庭教師に教わるものだけどね」
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