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「あの低能教師、間違った時に少し口を出すさけで、それ以外はほとんど何も言わないじゃない!」
フルートが口火を切って、そこからみんなの不満が溢れ始めた。
「そうっすよ! 今回の畝立てだって、よくわからないと質問したら『耕す時と同じだ』としか言わないんですよ!?」
プラウが続く。そっか、僕は自分の作業に集中してたけど、みんなその間に質問してたのか~……
「まあ、俺は途中で高さとか幅のことをすっかり忘れていたんだがな!」
快活に、怒っているんだかなんだかわからないファムも愚痴(?)を零す。
「僕は元々運動とか嫌いなので……教え方どうのよりも、とにかく事前に渡される資料が少な過ぎて困ります。なんでまともな教科書がないんですかね?」
最後にクロップまで文句を言い始めた。教室ではいつも本を読んでて、滅多に喋るところを見ないのに!
「ということでアグリ、あの無能教師じゃあ話にならないわ! こんな実習はさっさと終わらせて私は魔法を教わりたいのよ……だから、コツとかあるなら教えなさい!」
「え、コツ? コツか~……」
とりあえず鍬を持って、一番作業が進んでいない畑にいく。ここはたしかクロップの区画だ。
「まず、畝を作り始める前に目の前の景色を覚えるとか、かな? この景色を見ながら真っすぐ後ろに下がりながら土を寄せるといいよ」
そのまま、ゆっくりと自分のやり方を見せつつ説明する。
畝を立てる時の立ち位置、力の入れ具合、重心の落とし方に力抜き方、どれぐらいの距離を進んでから反転するか、ズレていないかの確認方法等々、思いつく限りのことを伝えた。
一通りの説明を終えたところでみんなの顔を確認すると、一様にあっけにとられたような表情をしていた。
あれ、何かマズいことを言ったのかな? 教え方が下手だった? もしかして、なんか滅茶苦茶失礼なことをしてたのでは? 今度こそ死刑?
「アグリ、あんた……」
「ひゃい!」
フルートに急に名前を呼ばれて変な声がでた。とうとう死刑宣告か? ああ、お母さん、お父さん、おじさん、みんな今までありが──
「教えるの上手いじゃない!」
「……え?」
予想だにしなかった言葉がフルートから発せられた。
「確かに、重心の位置や力を入れる瞬間をちゃんと説明されるとわかりやすいな! 剣術の指南書を読んでいるようだったぞ!」
「鍬の使い方を近くでじっくり見せてもらって、ようやくこの道具の利点が見えてきたっす!」
「本にまとめたい」
ファム、プラウ、クロップからも驚いたことにお褒めの言葉を頂戴した。いや、最後のは褒め言葉なのか?
みんな早速試してみたくなったのか、鍬を手に取り各自の畑へ向かう。
「お~い、お前らまだいたのか。もうすぐ日が暮れるんだから、さっさと帰れよな~」
とっくに帰ったはずの先生がなぜか戻ってきた。
思ったより説明に時間を取られてしまったらしい。今からまた作業を始めてもすぐに暗くなりそうだ。
「は~、仕方ないわね。でも、見てなさい! 明日は吠え面かかせてあげるわ!」
フルートがビシリと音がしそうなほど勢いよく先生を指さした。
そのまま今日は解散となった。今度こそ本当に……
みんなに慣れない説明をしたり、予想外な褒め言葉をもらったりと一気に疲れが押し寄せてきた。
みんなが帰るのを見送りながら少しぼーっとしていると、唐突に頭に手が置かれた。
「よく頑張ったな」
そうして優しく頭を撫でられた。
こんなこと、何年振りだろうか。少なくとも母さんたちが亡くなって以来──
「って、もしかして、ずっと見ていたんですか!?」
目じりに浮かんだ涙を見せまいと、勢いよく振り向いて先生を睨む。
「ん? ああ、そうだな。これでも一応教師なんでな。生徒がちゃんと帰ろうとするかを監督するのも、教師の務めだ」
「じゃあ、先生が教えれば良かったじゃないですか!」
「それは嫌だ。というより無理だ。なんであいつらが俺の説明で理解できないのかが、俺にはさっぱり理解できないからな」
……なんと、中途半端にしか教えなかったのは意地悪でもなんでもなく、先生にとってはあれで十分だと思っていたってことなのか。
これってまさか──
「俺は天才型だからな!」
なんか教師にあるまじき言葉を堂々と宣言された気がする。
そして再び僕の頭に手を置き、
「これからも期待しているぞ、アグリ」
物凄く良い笑顔で撫でるのだった。
本日一番の疲れが僕を襲った瞬間だった。
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