1反 伝説を育みし者

3/4
42人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
 面接試験の場所へと案内される間、混乱する頭を落ち着けることに必死だった。  不合格じゃなかったの? 打ち首は? 一次試験の次は適正テストじゃなかったっけ? 農村出身だと何か意味が? あと、試験官さんがめちゃくちゃ嫌そうな顔されたのはなんで?  考えても答えの出ない疑問が次々湧くのを処理している間にどうやら面接の場所へ着いたみたいだ。 「さあ、入ってください」  見上げるとそこには、先ほどの宮殿のような絢爛豪華(けんらんごうか)な建物……からはほど遠い簡素な作りの、しかし丈夫さだけはありそうな建物があった。  壁に装飾はなく、あるのは小さな(といっても僕の住む家よりは大きく透き通った)窓が等間隔で並んでいるだけだ。それ以外は白一色でまったいらに広がっていた。  門や前庭といったものもなく、道に面してすぐに扉がある。  他の建物とは違い、王都には不釣り合いな真四角な建物がそこにあった。  案内はここまでだったようで、連れてきてくれた試験官の人はそのまますたすたとどこかへ行ってしまった。  なんだか異様なその建物に入ることが恐ろしく感じたが、考え事しながら着いてきたので帰り道すらわからなかった。  あれ、そういえばさっきの試験会場からだいぶ歩いたような? 周りに他の建物も見当たらないし……  うん、進むしか、ないよね。 「お邪魔しま~す」  勇気を振り絞り、震える手に渾身の力を込めて、意外と軽い木製の扉を開いた。そのまま勢い余って扉が壁にぶつかり、大きな音を立てて腰が抜けたこと以外は順調な滑り出しだ。  外観が簡素なら中も簡素だった。入口からすぐにまっすぐな廊下が続いており、絵画や甲冑が並んでいることもない。ただ、小さな観葉植物が点々と置いてあるだけだった。  結構大きな音が鳴ったと思ったが、誰一人として出てこない。そもそも、ここに人がいるのか怪しいと思えるほどの静けさだ。  入口で待っていても誰も来なさそうだったので失礼を承知で突き進む。  そう、チャンスは自分で掴みにいくものなのだ!  さすがに閉まっている扉を開ける勇気はなかったので、半開きになっている部屋を確認していく。人、いない。人、いない。人── 「おい、何をしている」 「ひゅえ!」  いつの間にか後ろに人が立っている。 「あ、あの、決してあ、怪しい者では……」 「物取りか? いや、いきなりここまでやって来るやつはいないか。とすると……何者だ?」 「ええと、うと、あの、じゅ、受験生です。こ、ここの」  目の前の男をまともに直視できない。なんか豪華そうなローブを羽織っていて、目も合わせていないのに威圧感をひしひしと感じる。 「受験生? なんだ会場は本館の方だぞ。よくここまで迷い込んだ……いや、まさかお前平民か!? しかも農村か、それに近いどこかの村の?」 「あう、そ、そうです……でも、今は下町に住んでおります」  精一杯の言い訳、もとい虚勢をはっておく。 「そんなことはどうでもいい! お前、農作業をしたことはあるか? 知識はあるのか? そうだな、よし待ってろ」  そういうと部屋から出て、すぐに鉢植えを手に戻ってきた。 「最近こいつの調子が悪いんだが原因がわからん。肥料も水も十分にあげてると思うのだが、一向に元気にならない。何故かわかるか?」  ぐいっと目の前に突き出される鉢。そんないきなり言われても困ると言いたいが、正直怖すぎてそんなこと言えない。 「ちょ、ちょっと待ってください。ええと、これですね……」  種類まではわからないがおそらく葉っぱを食べる作物(さくもつ)だ。しかし最近出てきた葉の色が薄く、溶けるように葉が透けていて元気がない。茎の芯もしっかりしておらず倒れかかっている。 「たぶん、ですけど……土が悪いのかと……貝殻や動物の骨を砕いたものを混ぜると良くなるやつだと思います……たぶん」 「土が、悪い? 土の何が悪いのだ? この鉢の土は肥料を足しつつ何度も使っているが、こんなことは初めてだが……」 「あ、そ、それです! 同じ畑に植え続けるとこうなるらしいです。たしか何年かに一度、糞とかの肥料とは別に骨とかを撒かないとこういう風になるってじいちゃんが言ってたような──」 「なるほど。しかし、骨? 貝殻? どういう理由だ? たしかに森や山では動物の死骸も多い。それが畑では欠けているのか? だがしかし、皮や肉でなく骨、ふむ……」  そのままぶつぶつ呟きながら自分の世界に入り込んでしまったようだ。  ただ待つのもつまらないし、声をかける勇気はないので、改めて目の前の男を観察することにした。  僕と比べると長身で痩せ型だ。しかし弱々しい印象は受けず、むしろ嵐がきてもじっと立っていそうな、不思議な力強さを感じる。  日に当てれば輝き、手ですくえば零れそうなほど繊細で綺麗な銀髪だが、全く頓着(とんちゃく)していないのか野坊主(のぼうず)に伸ばしたままに見える。  切れ長の目からは直接向けられているでもないのに圧力を感じる。全体的に整った顔立ちも相まって、冷たい印象を受けた。  そして、何よりも威圧感を感じるのが今も羽織ったままのローブである。  艶のあるカラスのように黒い生地、そこに様々な文様が細い銀糸でびっしりと刺繍されていた。  一目見ただけで聖職者が着るような物とは違うことがわかった。魔力がほとんど無いと言われた僕にもわかるほど、何か大きな力が込められていることが肌で感じられた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!