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8反 未来を播きし者
あくる日、本日も畑で実習だ。
「昨日言った通り、今日は播種作業、つまり種播きだ」
「ようやく、ようやく作物を植えるのね!」
いつも通りローテンションな先生と、ちょっと浮かれ気味なフルートさんだ。
どうやらお貴族様たちには、農業というと土に種を播いて育ったら収穫というイメージしかないらしく、種を植えるまでにこんな大変な作業が待っているとは思ってもみなかったらしい。
まあ、適当に播いても案外育つもので、そういうやり方をしている村も多い。おじさんとの旅の中で訪れた村々の各地で、それぞれ色々な育て方を実践していた。
くっ、将来は魔術学院の農業科に入るとわかっていればもっとちゃんと調べておいたんだけどな~……
「それで、何を育てるのかしら。ニンジン? キャベツ? あ、オレンジとか!」
フルートが目を輝かせながら詰め寄っている。言葉遣いも行動も貴族らしく落ち着いているが、まるで食事時の子どものような表情をしている。
それにしても、どれも話に聞いたことはあっても食べたことないものばかりだ……
「いや、今回はジャガイモにダイズ、ヒヨコマメあたりを栽培する」
「は!?」
ほんの少し前まで喜色満面だったフルートの顔が一転、憤怒の表情に変わった。
「嫌よそんな下民の食べ物なんて! 作るならもっと美味しいものがいいわ!」
またフルートさんの癇癪かと思って一歩離れつつみんなの顔を確認すると、フルートほど露骨ではないにしろ各々嫌そうな表情を浮かべていた。
「あの、できれば俺も別の食材を育てたいのですが……」
おずおずといった感じにファムが言い出した。
「あたしも、豆はたまに食べますが、あのボソボソした感じが苦手なんで別のがいいっす、です……」
プラウも苦手な食材らしい。あと、一応先生相手なので言葉の最後を少し言い直していた。
いつも通り何も言わないクロップも、少し眉間に皺が寄っている。
そんなにみんな嫌いなのか……
「そうは言うが、現状これらが最優先で収量を上げる必要がある作物なんでな。却下だ」
みんなの意見はバッサリ切り落とされた。いや、僕はそもそも意見なんて何も言っていないんだけどね。
「なんでよ! こんな味気ない豆よりももっと美味しい野菜を育てなさいよ! ただでさえ最近食材が高いって言われているのに!」
そう言って食い下がるフルートに対し、溜息をつきつつ先生が答える。
「その価格高騰が問題なんだよ。なんでここ最近は食材の値段が高いのか、授業で軽く触れたはずだが覚えてるか?」
「そんなの、作られる量が減ってるからでしょ! だから私たちでもっと作って──」
「んで、なんで収量が減っているんだ?」
「え……」
フルートの言葉に被せるように先生が問を続ける。
「近いうちに座学でやるから、その理由をしっかり考えておけ。とにかく今回は変更無し。さっき言った作物を植えるぞ! ほら、キリキリ動け!」
そう言って今日も大した説明もなく実習が始まった。
そういえば、初めて聞く名前の作物もあったような……
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