第九話:死神教授と競合他社

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第九話:死神教授と競合他社

 世の中と言うのはままならぬものだな。諸君、死神教授である。  思いがけぬ事故で第一支部が全壊したものだから、吾輩は現在、ここ第二支部に拠点を移して世界征服業務に全力を尽くしておるところだ。  ところで我がチョーカーの目的は人間社会を混乱させ、愚民どもに統一された価値観の素晴らしさを教え、目覚めさせる事にあるのは諸君も既に承知しておろう。  にもかかわらず最近、不埒にも我がチョーカーの理想にただ乗りし、それどころか、我々のやり方までも模倣する、悪辣な同業者が複数現れておる。見つけ次第、その都度実力で叩き潰しているのだが、嘆かわしい事に類似の事例が後を絶たないのが現状である。  今日も今日とて、吾輩が率いる怪人部隊がそのうちの一つを急襲し、たったいま制圧が終わった所だ。  床にへたり込み、だらしなく震えている中年男。こいつが今回の首魁と言う訳か。ふむ、我々も舐められたものだ。早速、尋問を開始する。  「で?こんな物を売りつけて、どうするつもりだったのだ?」吾輩は冷たい口調で言い放つと、男の鼻先に、彼らの”商品”を突き付けてやった。それはボトルに詰められたシャンプーである。  「う、ひ…あ…。」問われても男は言葉にならない悲鳴を上げるばかりで、一向に会話にならない。仕方があるまい、面倒ではあるが、こちらから説明してやるとするか。  「『羊水が匂わないシャンプー』か、つまりお前達は、頭皮からシャンプーの香料が体内に取り込まれて羊水に溜まると、こう言いたい訳だな?」  男が卑屈な作り笑いを浮かべて首を上下に振る。その有様を見て、吾輩の中で何かがプチンと音を立てて切れた。  「ふざけるな!」勢いよくシャンプーのボトルを机に叩きつける。衝撃で高級な木材を使った頑丈そうなテーブルが粉々に砕け散った。だがシャンプーのボトルはそのままだ。芸術的な力の配分と言うやつだな。もっとも男の方は、吾輩のそのような繊細な意図など読めるはずもなく、白目を剥いて失神しかけているが。  禿げ上がった相手の頭を引っ掴み、意識を戻させて吾輩は続けた。「いいか、医学の歴史は古い。だが、内服という方法以外に、薬物を体内に取り入れる術は、17世紀にウィリアム・ハーベイが『血液循環の原理』を発見し、注射と言う手法を編み出すまで、他には無かった。」  突然始まった難解な講義に、男は恐怖も忘れて目を白黒する。だが、吾輩は既に勢いに火が着いておる。このままやめる気など、さらさら無い。  「そこからの進歩は早く、薬理作用を持つ物質を、いかに効率良く目的の部位に到達させるか、医学の歴史は、常に投薬法と隣り合わせであった。何が言いたいのかと言うとだな…」吾輩はわざと『溜め』を作ると、残りを一気にまくし立てた。  「シャンプー使って経皮的に子宮内膜まで化学物質が届くなら、とっくの昔にどこかの製薬会社が実用化しておるわ、この愚か者め!」  「連れて行け。」吾輩の冷たい声に、戦闘員達が男の両腕を掴んで立ち上がらせる。男は混乱した表情を浮かべていたが、ふと正気に返ったのか、しっかりとした声で訊ねて来た。  「ま、待ってくれ。これまでの事は謝る、だから…だからせめて、俺達のことを仲間にしてくれ。そうとも、ど、どうして俺達を敵視するんだ?俺の…俺達の目的は、い、一致している筈だ!」  吾輩は背中を向けたまま、振り向きもせずに言った。「自惚れるのも大概にしたまえ。」  「我々は、確かに悪の秘密結社だ。だが…」向き直った吾輩は、男の眉間にピタリと杖のパワークリスタルを据え、続けた。「私は医者だ。科学の道理を捻じ曲げてまで、世界を征服するつもりはない。目的のため、敢えて手段を選ぶ。それが我々、チョーカーの流儀だ。」  「全てを我が物に。我が物は全て総統閣下の物に。ヘル、チョーカー。」  吾輩は静かにパワークリスタルを起動させたのだった。
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