第十話:死神教授と出来心

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第十話:死神教授と出来心

 今日も今日とて、世情の調査に余念の無い吾輩、死神教授である。今日は患者を装って、某総合病院に潜伏しておる。  それにしても毎度のことながら、そんなにあちこち痛いの、痒いのと言うのであれば、なぜとっとと改造手術を受けようとしないのか、吾輩には全く理解出来ぬ。吾輩のもとに来れば、たちどころに改造手術を施し、我がチョーカーの忠実なる下僕として、ほぼ永遠に近い命を与えてやろうと言うものを。  そのような事をつらつらと考えていると、ふと、誰かがすすり泣いている気配が伝わって来た。病院だから良くある話ではあるのだが、自分でも良く解らないまま、吾輩は気付かれぬよう、声の聞こえる方へと慎重に移動した。  10メートルほど離れた場所に座り、吾輩は何やら深刻な表情で話し込んでいる家族の様子を伺った。何度も言うが、聴覚を調整すれば、このくらい離れていても、会話は隣に座っているよりも良く聞こえるのだ。  状況は直ぐに知れた。若い夫婦と、その親族らしき一群が、夫婦の娘が患っている疾患について議論をしている。どうやら、手術をしないと助からない状況であるらしい。そうこうしているうちに、車いすに乗せられ、酸素吸入を受けている幼い娘が看護師に連れられてやって来た。  吾輩はその顔を一目見て、文字通りその場に凍り付いた。  似ている。  あのカンナと名乗った総統閣下の擬態した幼女と、面影がそっくりである。こちらの方が年下だが、それにしても…。と同時に、吾輩はユウナと言う名のその子の唇が紫色になっている事を見逃さなかった。これまで聞き取った情報と共に、即座に吾輩の胸に、ある病名が浮かんだ。もし、この推察が正しいとするならば、なるほど、これは容易ならざる事態である。だが、これ以上の深入りは禁物だ。  吾輩は黙って病院を後にした。何の感慨も無いといえば嘘になるが、さりとて吾輩に出来る事など何も無い。他に成すべきことは山積しているのだ。  それでも…。  オフィスに戻り、デスクワークを片付けても、吾輩の心はどこか浮わついたままであった。ええい、こうなったら乗りかかった船だ。  前回弁護士を懲らしめた時と同様、吾輩はオンラインでチョーカーのネットワークを介して病院のデータベースをハッキングし、患児に対する診断データを入手した。うん、病名は予想通りである。しかも、悪いことに事態はかなり逼迫している。  調べてしまった以上、もう後戻りは出来ない。吾輩のやるべき事は一つしかない。
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