ソウル・ヨンサン(龍山)1952年

1/4
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ

ソウル・ヨンサン(龍山)1952年

 アケミはトラックの荷台から降り、辺りを見回した。  キーン、空から金属音がした。見上げると、10月の澄んだ青空がまぶしい。  青い空を引っ掻くように4筋の飛行機雲が伸びていく。  が、よくよく見れば、それは戦闘機の編隊だ。B-29のような4発の爆撃機ではない。  大丈夫、と胸をなでおろす。少なくとも、今すぐ原爆が頭の上に落ちて来る心配は無い。  朝鮮戦争はジェット戦闘機が空を支配した。初期に飛んでいたB-29爆撃機はプロペラ機ゆえの鈍足から、今は戦闘空域から姿を消した。  視線を地上にもどした。  また、軍隊の基地に帰って来た。アケミは30年に満たない自分の半生を思い出した。  生まれ育った家は貧しかった。7才の時、女衒に売られた。貧しさ故の口減らしである。  その夜は寂しさに泣いたが、すぐに慣れた。良い物が食べられたし、着物も良くなった。海を渡り、日本へ。  日本風にアケミの名前を付けられた。そして、親からもらった名を捨てた。今は、故郷も親も思い出すのさえ難しくなった。  広島県、呉の娼館に入った。そこで本を見つけた。先輩の女たちに読むのをせがむと、誰でも読んで聞かせてくれた。故郷の家には本が無かった。娼館には山のように本があった。  やがて、一人で読めるようになった。貪欲に、あらゆる本を読んだ。娼館にある本の半分は色事の本だった。  呉は海軍の街だ。娼館には海軍の将校も出入りしていた。その一人から古びた英語の辞書をもらった。帝国海軍はイギリスの支援で作られた歴史があり、士官には英会話が必須の科目なのだ。  アケミは辞書を懸命に読んだ。15才、客を取る年に近くなる頃には、片言の英会話ができるほどになっていた。17才になり、アケミは朝鮮の生まれながら、上級士官を客にできる身分とされた。英会話の芸が役に立った。イギリスやアメリカの客が呉に来た時は、必ず接待の役が回って来た。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!