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キスしないと出られない部屋
ふと気が付けば、自分から足を踏み入れた覚えの無い部屋に居た。
硬い床で横になっていた身体を起こし、やや上方に視線を向けて見回す。
そこは、四方を真っ白な壁に囲まれた、扉も窓も存在しない部屋。いくら辺りを窺おうとも、目に映るのは白い壁に白い床、白い天井。
清潔感はあるものの、圧迫感と不安感を煽る部屋の様子に、ヒロは眉間を寄せていた。
「……えっと。また、ここ?」
誰に言うでも無く、怪訝に独り言ちる。
ヒロは前にも同じ場所に訪れたことがあった。――否。不可思議な力で放り込まれた、と言っても過言ではないだろう。
この真っ白な部屋は、与えられた条件を達成しないと抜け出すことが叶わぬため、従わざるを得ない状況の場所だ。
誰が何の目的で作ったのかなどの疑問はあったが、その答えを求めても誰も分からない――。
以前は『どちらかが相手を泣かさないと出られない』という条件で、これをビアンカと共に満たして脱出するに至っていた。
その際、ビアンカに酷い目に遭わされた記憶は、ヒロの中で苦々しい想い出として残っている。自らの醜態を思い返し、黒髪に手を押し当てて搔き乱し、辟易とした心情を含む嘆息が漏れる。
「――んで。今回は誰と何のお題をこなせばいいのさ」
『郷に入りては郷に従え』とでもいうように、仕方ないが従おうと思う。
前回はいつの間にか、部屋の中央に脱出条件が書かれる紙が落ちていた。
どうせ今回もあるのだろうと思い至り、ヒロはゆるりと腰を上げて立ち上がり、後ろを振り向く。――と、紺碧の瞳は丸くなり、次には瞬いていた。
「あれ? また、ビアンカが一緒なの?」
紺碧の瞳が映したのは、部屋の中央に佇んで背を向けたビアンカの姿だった。
ヒロに名を呼ばれた途端にビアンカは肩を跳ねさせ、それと同時に亜麻色の長い髪が揺れた。
「お、おおお、おはようっ、ヒロッ!」
困惑とも狼狽ともつかぬ様を窺わせ、ビアンカが踵を返す。目に見える表情は笑顔なのだが、口端が引き攣っており、ぎこちない。翡翠の視線もヒロに合わせないように泳ぎ、落ち着きがなくて挙動不審という印象だ。
「……えーっと、ビアンカ。今、なにか隠したでしょ?」
一瞬だけ呆気に取られながらもヒロが指摘すると、ビアンカの肩が再び跳ねた。あまりにも分かり易い動揺に、ついヒロはフッと鼻を鳴らすような笑いを溢してしまった。
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