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 外套も杖もない。簡易的でありながら、無礼とならない最低限の礼節を持って帝国の使者を迎える。  数人の護衛を引き連れて、使者が姿を現す。使者はレイラン王の前まで進み出ると、起立したまま羊皮紙を一巻き取り出した。 「エンリル王国、国王レイランであるな。皇帝陛下の命を受け使者として参上した。今より告げし言葉を、皇帝陛下より直々に賜ったものと心得よ」 「王に対して何と無礼な」  アダトが眉をひそめる。 「我ら帝国はエンリル王国に対して、次の三つを要求する。  一つ、我らが帝国は無用な争いをのぞまぬ。我らを同国の民と同等に扱うよう要求する。  一つ、我らはさらに東へと進むべく、この国を重要な補給地として運用したい。故に我らへの物資、および兵士の補給を要求する。  一つ、決して我らに歯向かうでない。万が一にも歯向かうのであれば、我らは徹底的に叩き潰す所存である。  以上だ。大人しく開城すれば我らは不用意に剣を振るうことはしない。我ら帝国の庇護下において長きにわたる平和と、経済の発展を約束しよう」  玉座に腰かけたまま頬杖を付く。王としての務めを果たすのであれば、手を取り合ってしかるべきだろう。帝国ほど強力で広大な国が味方になるのなら、今後他国との防衛面で頭を悩ます必要も無くなってくる。新規交易路の開拓にもつながる上に、一層の発展が見込めるのは確かだ。もちろん、彼らが自分たちの突き出した取り決めごとを反故にしなければ、だが。 「ハニガルバト王国を知っているか? かの国とは長きにわたる同盟国であった。あの国はどうした? 帝国に組みしたのか? それとも噛みついたか?」 「そのような国など、既に存在などしない。愚かにも皇帝陛下に刃を向けたのだ。一人として生かしておく価値などない!」  レイラン王は玉座から立ち上がると静かに口を開く。 「よいか、帝国の使者よ。ハニガルバト王国とは長らく同盟関係にあった。それも並大抵な同盟ではない。強固な絆で結ばれた仲なのだ。かの国を滅ぼしたのであれば、エンリル王国は帝国を敵とみなす!」  使者の目が見開かれる。  月は雲に覆われて、完全な影をもたらす。燃え上がる松明の炎が青白い月の光に取って代わり、風の動きに合わせて揺れ動く。 「愚かな選択をしたな。王よ」 「直ちに帝国へと帰還し伝えよ。わがエンリル王国は力の限り戦うと!」  使者は王を睨みつけ外套を翻す。足早に立ち去る使者を見送って、王は玉座に座り込んだ。  帝国の目指す先と、この国との地理関係上、いずれこうなることは予期していた。西方には全て起こりうる物事は、予め神によって定められていたとする概念がある。運命と呼ばれる概念だ。もしも運命と呼ばれる物があるのなら、帝国とは戦う運命だったのかもしれない。 「皆の者、聞いての通りだ。直ちに戦の用意をせよ」  レイラン王は立ち上がり、シェフナを探すべく広間を後にした。
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